クロム・マグナ 臨海学校

序章
「生徒会に、新しいメンバーを……ですか?」

——クロム・マグナ魔道学園、学園長室。
呼び出された少女……生徒会長リンカは、わずかに目を見張った。

「彼女は転校生なのだが、さっそく生徒会入りを志願してくれていてね」
リンカの前、執務席に着いた学園長ダンケルが、穏やかに微笑む。
「ありがたいことですが……実力はいかがでしょうか」

この鋼鉄の剣と魔法によって支配された世界では、各地で争いが打ち続いている。
ゆえに、クロム・マグナで魔法を学び、戦闘訓練を受けた卒業生は、いずれ自らの故郷に帰り、戦いに駆り出されることになる。
いわばクロム・マグナは、戦闘のエリートを輩出する学園なのだ。

そんな学園の生徒代表たる生徒会メンバーには、特に優れた能力の持ち主が選ばれる。
実際、今の生徒会は、いずれも優秀な成績を収める面々で構成されている。

「彼女のクラスは決まっていますか?」
「いや。彼女は君より2学年下でね。まだクラス分けがされていないのだ。ただ——」
ダンケルの微笑みが、面白がるようなものに変わる。
「見たところ、すばらしい潜在能力の持ち主だ。まだ開花してはいないがね」
ダンケルは吸血鬼の末裔。秘められた魔力には敏感なのだ。

「では、まずは見習いという形で、生徒会の作業を手伝ってもらいましょうか」
「ああ。そうしてくれたまえ」
「承知いたしました」

「そうそう。ヴォルフ君は、その後どうかね? 学園祭で『1年間の私闘禁止』というルールが施行されたわけだが……」
「あ……はい。平穏に日々を過ごせているようです」
「それはよかった。彼は争いを嫌う優しい若者だからね。はは、さぞかし女子生徒の人気も高いのではないかな」
「い、いえ……そういったことは、その、私ではちょっと……」
どこか歯切れ悪く、リンカは答えた。

その後、いくつかの連絡事項をやり取りし、リンカは学園長室を退出した。
残されたダンケルは、背もたれに身を預け、天井を見上げる。

(やはり——ヴォルフ君の話題になると、ああいう反応になるか)
凛とした生徒会長らしからぬ姿を思い出し、あごに指を這わせる。
(まだ自分自身、気持ちの整理をつけられていない……というところかな)

若者たちの青春の悩みは、ダンケルにとって微笑ましいものだ。
時に、辛さや苦さを噛みしめることもあるだろうが、それを乗り越えて強くなってほしい、と切に思う。

(だが……)
残念なことに——彼女たち生徒会の面々に関しては、『ただ見守る』というわけにはいかない。
(多少、荒療治になるが……平和が続いている今のうちに、悩みを乗り越えてもらわなければならないのだ)

ダンケルは、机の上に置かれたままの封書に視線を移した。
『クロム・マグナ魔道学園 臨海学校へのお誘い』。
その本当の目的は——

「……そうだ」
声に出して、ダンケルはつぶやいた。
口の端に、わずかな笑みが刻まれている。
「生徒会が挑むべき試練……となれば、呼ばねばならぬ友人たちがいたな」

——あの魔法使いと黒猫なら、きっと、生徒会のメンバーが試練を乗り越える手伝いをしてくれるだろう……

第一章 生徒 ノア
「アキラくん!」
教室の隅で帰り支度をしていた赤毛の少年——アキラは、1人の少女に声をかけられた。
くくった髪を活発に揺らす、ジャージ姿の女子だ。

「どうしたよ、転校生」
「ノア、だってばっ。そろそろ覚えてよ〜」
「悪ぃ、悪ぃ。で、オレに何か用?」
「うん! アキラくん、お兄さんが生徒会の副会長なんだって?」
「おう、まあな」
とたん、ノアの瞳がきらきらと輝いた。

「じゃあさ、じゃあさ、他の生徒会の人たちとも知り合いだったりする?」
「あったりまえよ! 会長のリンカさんとはたまに組手するし、書記のシャーリーやヴォルフ先輩とはよくメシ食いに行くし、会計のニコラさんにはよく勝手に屋台こしらえて怒られてるぜ!」
「すごーい!」
「すごいだろー!」

自慢げに胸を張って、アキラは、はたと気づいた。
「あれ? おまえ、生徒会に興味あんの?」
「うん!」
ぶんぶんと、勢いよくうなずくノア。
「先週さ、学園に魔物が出てきたじゃん?」

誰かがうっかり魔法の壺を割ってしまい、封じられていた魔物が何体か、校内に出現したのだ。
すぐに教師たちが駆けつけて戦いを挑んだほか、アキラの兄——イツキたち生徒会の面々も、生徒を逃がしながら魔物と戦っていた。

「そのとき、実はあたし、生徒会の人たちに助けてもらってさ!」
ノアは、あこがれの瞳で語る。
「あたし、近くにいたから戦おうとしたんだけど、手も足もでなかったの。でも、生徒会の人たちは、みんなで協力して、すごく、こう……バッチリ戦ってたの! だから、ホントすごいなー、って思ったの!
 それで……」

ぎゅっ、とノアは胸の前で固く拳を握った。
「あたし、すごくあこがれて……生徒会に入りたいって思ってさ!
 だから、アキラくん! あたしを生徒会に紹介してくれない!?」

アキラは、ノアの瞳をじっと見つめた。
(——熱い)
直感する。
(こいつの瞳は、本物だ。夢に燃え立つ炎の瞳だ! 例えるなら、鉄板で焼かれ香ばしく踊る焼きそば! いや、丸いからタコ焼きか……!)

「わかった!」
アキラは、ドンと自らの胸板を叩いた。
「おまえの熱意に負けたぜ! 兄ちゃんたちに紹介してやらァ!」
「わーい! ありがとー!」
「でもな、ノア。オレにできるのは紹介までだ。おまえが生徒会に認められるには、アピールってもんがいる!」
「アピール! どうすればいいの?」
「おまえのやる気とガッツを、熱く示さなきゃなんねー。
 そのために必要なのは……決めポーズだッ!!」
「決めポーズ!?」
「そう! 誰が見ても『こいつはやる気だ!』とわかるポーズ! そいつを見せりゃ、兄ちゃんたちも一発で納得って寸法よ!」
「そうなんだ! じゃあ……こんなのどうかなっ?」
「お! いーんじゃねーか? けど、ちょっと足りねーな。指は焼きそばを喰らう箸のように鋭く伸ばすんだ! こんなふうに!」
「おお! じゃあ……こう!?」
「そう! そして、こう! さらにこうして、最後にはこうだぁーっ!」

教室の隅で延々と決めポーズを取る2人を、他の生徒たちは唖然と見つめていた。

第二章 憩いの焔刀 リンカ
「……ここから探せってか」
ヴォルフは、げんなりと嘆息した。

クロム・マグナ魔道学園——資料室。
ヴォルフとリンカは、担任教師であるサロメに『イグニーマ』の授業で使う予定の『不死鳥の羽扇』を取ってくるよう頼まれて、ここに来たのだが……

そこは、ちょっとした博物館のようなありさまだった。
古い魔道書や謎めいた壺、魔剣らしきものにドクロのついた杖などが、だだっ広い空間に乱雑に置かれている。

「ちったぁ整理したらどうなんだ?」
「前は整理されていたんだけど……」隣のリンカが告げる。「校舎が飛ばされたとき、中がめちゃくちゃになってしまって。頻繁に使う場所でもないから、まだ整頓が進んでいないの」
「なるほど……仕方ねぇな。さっさと探すか」

うなずき合い、資料室に入っていく。
『不死鳥の羽扇』があるはずの区画に進むと、さまざまな魔法の道具がうずたかく積まれていた。
「見たとこ、羽扇とやらは埋もれてるみてぇだな……」
「そうね。まずは上の道具をどかしていきましょう」
リンカが道具の山に手を伸ばそうとしたとき、

「待った」
ヴォルフが、そっとリンカの手をつかんで止めた。
包み込むような優しい手つき——突然の接触に、「……!」リンカは顔を真っ赤にして硬直する。

「それは俺がやる。崩れる危険もあるからな。リンカは、この山の端っこの方を探してくれねぇか」
わかったわ、と答えようとしたが、思わず息を呑んでしまった直後で、うまく言葉を発せなかった。あわてて、こくこくとうなずく。

「頼んだぜ」
かすかな笑みを頬に刻むヴォルフ。
そのまま道具の山に向かっていく広い背中を、リンカは、ぼうっと見つめる。

最初——ヴォルフが生徒会に入ったばかりの頃、彼の笑顔を見ることはほとんどなかった。
常に眼光鋭く、不機嫌そうに見える表情ばかりしていることもあり、正直、近寄りがたい空気があった。

でも——今は。ふと、その口元が緩むことがある。
半年以上もの間、生徒会室で頻繁に顔を合わせ、業務について相談し、あるいは世間話を交わしているうちに、そういう瞬間が増えてきたように思う。

それだけではない。いろいろなことがわかってきた。
けっこう几帳面だとか、文字がきれいだとか、驚いて目を見開いた表情が少し子供っぽく見えるとか、意外と照れ屋であるとか……

「なあ、リンカ」不意に、ヴォルフが振り向いた。「羽扇って、これか?」
「あ——、ええ、それよ。ごめんなさい、ちょっとぼうっとしてて……」
「気にすんな。じゃ、戻ろうぜ」

連れ立って、資料室を後にする。
情けなさに、リンカはひそかに恥じ入った。ほうけて作業を任せきりにするなんて。あきれられただろうか——

「そういや、臨海学校のしおり、イツキが作るってよ」
ヴォルフが口を開いた。いつも通りの口調で。
「そ、そうなのね——わかったわ」
うなずきながら、ほっとする。さっきの件で、不快に思われてはいなかったようだ。

(臨海学校、か……)
三泊四日の合宿。半年以上の付き合いである生徒会だが、泊りがけで何かをするということはなかった。

ひょっとしたら、ヴォルフの新たな一面を見ることができるかもしれない——
そう思ったとき、わずかに心が弾んだことを、リンカは自覚していなかった。

第三章 夏にはじける笑顔 ニコラ
クロム・マグナ学生寮——

「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん! どういうことぉ!?」
ニコラは、自分の部屋で大声を上げていた。

目の前のテーブルには、魔法陣の描かれた布。
その上に、掌に収まるくらいの大きさの、おぼろな人影が浮かんでいる。
これは、離れた場所にいる相手と話をするための魔法の道具なのだ。

『どういうことって、どういうこと?』
長い髪を揺らし、肩をすくめる人影に、ニコラは噛みつかんばかりの勢いで叫ぶ。
「こ・れ・の・こ・とっ!!」
バッ、と取り出して見せたのは——華やかなデザインの水着だ。

『ああ、それ? よくできてるでしょー。今年の流行、最先端! 最新の魔法縫製技術も織り込んだ、あたしの超☆自信作!』
「なんで送ってきたのって聞いてるのー!」
『あんた、臨海学校に行くんでしょ? 夏じゃん。海じゃん。——水着じゃん!』
「遊びに行くんじゃないんだってば!」
『当然よ』
不意に、姉の声が真剣なものとなった。

『夏の海はまさに戦場! いつもと一味違う水着姿をアピールするバトルフィールド! ……あ、送った水着は、あんたの身長体型肌色年齢雰囲気あと童顔っぷりを考慮して、このウルトラデザイナーおねーさまが超最適解にしといたから泣いて喜べ』
「ちょっ、お姉——」
『そうそう、それ試作品だから、着心地とかフィードバックちょうだいねー。周囲の気温に合わせて自動的に身体を冷やしたり温めたりする魔法もかかってるから、そこも感想くれるがいい』
「いや、だから——」
『どうせケチくさいあんたのことだから、水着にお金かけないつもりだったでしょー? それじゃあアピールが足りないっていうか、なんか無難な感じに落ち着いて「あ、うん」みたいなノリになってそれっきり発展とかしないだろうから、まあそれ着とけイエー』
「お姉ちゃん!」
『あ、クライアントが呼んでる。さらば妹、レッツ青春!』

言うだけ言って、人影は姿を消した。
「あ、あいかわらず勝手なことばっか……!」
残されたニコラは、なんとも言えない表情でわななくしかない。

……取り出したままの水着に視線を落とす。

「…………」
確かに、見事な出来栄えだ。
夏にふさわしい鮮やかな色合いに、華やかなデザイン。けばけばしい派手さはなく、地味すぎもしない。ほどよく目立つ、とでも言うべきか。
さらに——魔法服飾の専門家である姉のことだ、ニコラが着たとき、魅力を最大限に引き出せるものを選んでくれたのだろう。

(これ、着たら……)
あの人は、どう思うだろうか。
想像しかけて——ニコラはあわてて頭を振った。

(あ、遊びに行くんじゃないんだから、なし! こういうのはなし!)
でも——三日目の夜は、ラフな格好で集まるって話だったし。
最新式の試作品の着心地を試してくれ、と姉に頼まれたわけだし。
そう。これは仕方なく着るのだ。姉の仕事を手伝うためなのだ。

……と、いう具合に大義名分ができてしまった。これもまた、姉の計算通りなのだろう。
「うう……」
水着を手にしたまま、ニコラはうめきを上げる。
決意を固めるには、まだ時間がかかりそうだった。

第四章 海の獣使い ヴォルフ
放課後の、クロム・マグナ魔道学園——
グラウンドの隅にある大きな木を背にしたヴォルフは、不良たちに囲まれていた。

「てめぇら——」
不良たちを見回し、ヴォルフは眼光鋭く告げる。
「花壇の近くではしゃぐなって言っただろうが!」
「「「すんません!」」」
不良たちは、勢いよく頭を下げた。

「今回は被害が出なかったからいいけどよ……次からは気ィつけろよ!」
「「「うっす!」」」
「わかったんならいい。じっとしてられねぇんなら、汗でも流してきやがれ!」
「「「うっす!」」」

一斉にグラウンドに駆け出していく不良たち。
彼らとすれ違う形でやってきたイツキが、ぽかんとする。
「おう、イツキ。どうかしたか」
「ヴォルフが不良に絡まれてるのかと思って来たんだけど……そういうノリじゃなさそうだな」

傍らに寄り添う狼——フレキの頭を軽くなでてやりながら、ヴォルフは肩をすくめた。
「あいつら、この辺にたむろしてることが多いからよ。何度か注意してんだ。花壇を壊したりすんじゃねぇぞ、ってよ」
「素直に言うこと聞いてくれるんだな」
「前はそうでもなかったが……」
困ったように、頬をかくヴォルフ。
「……『番長オブザ番長決定戦』のあと、あいつら、俺に『舎弟にしてくれ』って言ってきたんだよ」
「へぇ……」

ヴォルフが背にしている木にもたれかかるようにして、イツキは軽く笑った。
「あの一件で、ヴォルフの実力がわかったからかな」
「負けちまったけどな」
「しょうがないって」

学園一の番長——番長オブザ番長を決める戦いで、ヴォルフはすべての番長候補の頂点に立った直後、乱入してきた少女・エミリアの打撃を受けて昏倒した。
そのため、番長オブザ番長の称号はエミリアのものとなったわけだが——

「『エミリアはあくまで特別枠で、実質的な腕っぷし番長はヴォルフ』って認識なんだろ。あんな子を本気で番長扱いするのは抵抗があるだろうしさ」
「まあ、エミリアはカワイイからなぁ……。ホント、なんであんなにカワイイんだ……」
「……え。って、おまえ——」
「なにか思い出すなぁって思ったらよ……あれだよ! 仔犬の頃のフレキに似てんだよ! こう、目がくりくりっとしててな? 小せぇのに元気にはしゃぎ回るのがもう……」
「あ、そっちか……」
熱弁するヴォルフに、苦笑するイツキ。

「エミリアも、臨海学校に来るらしいな」
「お、マジか。そいつはいい。ジョージとアキラが来るって聞いて、夏なのに暑苦しさ倍増じゃねぇかって思ってたが、これでジョージはおとなしくなりそうだな。アキラは……」
「あいつにおとなしくなる瞬間なんてあるわけないだろ」
「やっぱ、そうか……」

イツキと笑みを交わしながら、ヴォルフは心地よさを感じていた。
ずっと動物とだけ付き合っていた自分が、こうして誰かと親しく笑い合えるなどとは、昔は夢にも思わなかった。もし、あの頃の自分に会えたとして、『俺、ダチや舎弟ができたんだぜ』などと教えても、決して信じてもらえないだろう。

だからヴォルフは、実を言うと臨海学校を楽しみにしていた。
勉強をするのは億劫だが、仲間たちとの泊りがけの合宿というのははじめてで、無性に胸が躍るのだ。

(生徒会に誘ってくれたシャーリーには、ホント、感謝してもし足りねぇな……)
そんなことを思いながら——ヴォルフはしばし、イツキと雑談に興じるのだった。

第五章 狙うは大物 シャーリー
「こんにちはー」
放課後の生徒会室に、ひょい、と小さな影が現れた。
1人で機械をいじっていたシャーリーは、予期せぬ来客に驚きの声を上げる。
「エミリア?」
「うん! お久しぶり、シャーリーちゃん!」
少女——エミリアは、はにかんだ笑みであいさつした。

彼女はクロム・マグナ姉妹校の生徒だ。
学園祭で行われた『番長オブザ番長決定戦』において、見事、番長オブザ番長の称号を得たため、たびたびクロム・マグナに『視察』に来ている。

「あれ? でも、今日って視察の日だったっけ?」
「ううん。今日はね、臨海学校の手続きに来たの」
「あ、そっか。エミリアも参加するんだねー」
「うん! それで、生徒会のみなさんにもあいさつに、って思ったんだけど……」
エミリアは、きょろきょろと生徒会室を見回した。
「今は、シャーリーちゃんだけなの?」
「ん。臨海学校前で、みんな忙しくってさー。わたしは、何かあったときのためのお留守番」
「ふぅーん……あ、ねぇ、シャーリーちゃん。それ、なんの機械?」

エミリアは、シャーリーがいじっていたものを指差した。
金属製のロッドに、何やらいろいろなものが取りつけられている。

「これはね〜、釣竿につける機械なんだー」
「釣竿に? じゃあ、釣りに使うの?」
「そうそう。雷の魔力を使って、自動的に釣り糸を巻き取る仕組みなの」
「へぇー!」
「それだけじゃないよ」胸を張るシャーリー。「他にも、ボタン1つでロックオンした相手に自動で巻きついたり、釣竿に電撃を流して、さわった相手を気絶させたりすることもできるの!」
「えっ、と……?」エミリアは、目をぱちくりとさせた。「それって、釣りに必要……? なのかな……?」
「釣りをしてる間は無防備になっちゃうんだから、護身用の機能は必須だよ!」
シャーリーは、ぱちりとウィンクをする。

「そ、そうなんだ……でも、すごいね、シャーリーちゃん。わたしより1コ下なのに、そんな機械を作っちゃうなんて」
エミリアの素直な称賛を受けて、シャーリーの顔に照れ笑いが浮かぶ。
「おじいちゃんとの約束なんだ。世界一の発明家になる、って」

「おじいちゃんはね、立派な発明家だったの。機械いじりが大好きで、わたしが小さい頃から、いろいろ教えてくれたんだけど……歳を取って、目を悪くしちゃって。細かい作業、できなくなっちゃったの」
だから、と、シャーリーは明るく笑う。
「わたし、おじいちゃんみたいな発明家になる、って約束したの。そしたらおじいちゃんは、どうせなら世界一の発明家になってみせろ、って言ってね」
「そっか……それで、いっぱい機械を作ってるんだね」
「おじいちゃんと同じで、単に機械をいじるのが好きでしょーがないから、っていうのもあるけどね〜」

語るシャーリーの目に、瞬間、真剣な色が差した。
「はっ——そうだ!」
「どうしたの?」
「糸を相手に巻きつける機能と、釣竿に電流を流す機能があるんだから、いっそのこと、糸に電流を流して、離れたトコにいる相手を気絶させる機能をつけてもいーじゃん! うあー、なんで思いつかなかったんだろー! 入れよう! 今すぐ入れようっ!」
「シャ、シャーリーちゃん、それ、釣竿っていうより兵器みたいになってない!?」

どうもシャーリーは、いつも発想が物騒な方向に行きがちなのだった。

第六章 氷海王子 リチャード
鋼鉄の剣と魔法が支配する異界で、リチャードは、氷海のペンギンたちを束ねる王家の一族に生まれた。
彼は己の生まれを誇り、自分もいずれは偉大な王になるのだと誓っていた。

だが、打ち続く戦乱の波は氷海にまで押し寄せた。
人間の軍勢が従属を求めてきたのだ。
父王はこれに反発し、誇りある抵抗を見せた。
しかし——人間の武力は圧倒的であり、氷海の領土は次々と奪われていった。

そしてついに、父王は、人間に服従することを選んだ。

「なぜです、父上!」リチャードは叫んだ。「一族の誇りをなげうつおつもりか!」
「誇りより優先すべきものがある」父王は言った。「王として、私は民の命を守らねばならぬ」

リチャードの無念をよそに、こうして氷海のペンギン一族は人間に隷属した。

人間は、氷海に眠る魔法資源の発掘にペンギンたちを駆り出し、また、そうして得られた資源を税として納めさせた。
ペンギンたちは屈辱に震えながらも従うしかなかった。

そんななか、1人の英雄が立ち上がった。

「さぁ、その翼を大きく広げ、嘴を大きく開け!
 今こそ『革新』の時である!!」

彼こそはペンギニウス。後に鳥族の王となるペンギンであった。

ペンギニウスは周到だった。
人間からの扱いに不満を持っていたペンギンたちを集め、反抗の機運を高めていっただけでなく、同じように隷属させられていた他の鳥族にも接触し、根回しを進めた。
また、人間が魔法資源を欲している点に着目。人間の豪商たちと密かにつながりを持ち、革命成功の暁には彼らに資源の一部を融通すると約束して、物資援助を引き出した。

そうしてペンギニウスは鳥たちの一大反抗勢力を築き上げ、ついに挙兵した。
人間たちは突然の反抗に驚き、充実した魔法武装による攻撃に翻弄され、鳥たちの領域から撤退を余儀なくされていった。

リチャードの父は、この挙兵に反対した。
武力で反抗すれば、ペンギン側にも多くの犠牲が出る。民の命を最優先と考える彼は、ペンギニウスを止めるべく一騎討ちを挑んだ。
ペンギニウスは毅然と応じ——烈々たる覇気をもって、リチャードの父を打ち破った。

父が倒れたことを知ったリチャードは、反抗軍のもとへと急行した。
だが、まさに王たるにふさわしい威風を備え、傲然とこちらを見下ろすペンギニウスを前に、動くことができなかった。

「迷うておるか」ペンギニウスは言った。「父の決断に納得できておらず、さりとて父を討った私を見過ごすわけにもいかぬ——それゆえの迷いか」
図星であった。うめくしかなかった。

すると、
「——ならば去れ!!」
ペンギニウスは、氷原を震わすほどの声を放った。
「貴様の父は、道こそ違えど、迷いなく誇りに殉じた真の王であった!
 だが、自らの道すらさだめられぬ貴様には、我が前に立つ資格はない!!」

言い返すこともできず、うなだれるリチャード。
ペンギニウスは、その横を通り過ぎざま、ぼそりとささやいた。

「己の道をさだめてみせよ。それが我が道と重なるのなら、将として遇そう。道を違えるというのなら、一騎討ちを受けよう……」

——その言葉を受けて、リチャードは氷海を離れ、見聞を広めるための旅に出た。
そして今、謎の女将の旅館で働きながら——王子はクチバシを研ぎ続けている。
いつか……己の道を見定めて、再びあの男の前に立つために。

第七章 戦餓狼 ツキカゲ
鋼鉄の剣と魔法が支配するその異界では、長く戦乱が打ち続いていた。
それゆえ、武人の家に生まれたツキカゲは、幼い頃から戦いの技を徹底的に叩き込まれてきた。

成長した彼は数々の武功をほしいままにし、剛勇不敵の士として名を馳せた。
しかし、そんな日々を送るうちに、やがて疑問が浮かぶようになった。

「斬れども斬れども、戦は終わらぬ。才ある命が失われ、世は混沌に満ちていく。俺は、人の世を閉ざす手伝いをしているのではないか……?」

迷いながらも、戦場に出た。戦う以外に、できることはなかった。

やがて、森のなかでの合戦で、ツキカゲはある武者と剣を交えた。
剣技精妙のつわものであった。目まぐるしく位置取りを変えながら、ツキカゲは己の魔力を昂ぶらせ、互角に切り結んだ。

不意に、足元が崩れた。いつの間にか2人は崖際に踏み出しており、ぶつかり合う魔力が崖崩れを誘発したのだった。
ツキカゲは崩れ落ちる土砂に巻き込まれ、意識を失った……


気がつくと、布団の上に横たわっていた。
「ここは……?」「旅館です」
即座に返答があり、ツキカゲはぎょっとして身を起こした。
着物姿の女性が、すぐ横に気配もなく座していた。

「気を失っていらっしゃったので、お運びいたしました」
自分は旅館の女将だと、彼女は言った。
「お疲れでしょう。露天風呂がございますので、よろしければお入りください」
女将の泰然たる態度に戸惑いながら、ツキカゲはそうさせてもらうことにした。

白い湯気の立つ夜の露天風呂に向かうと、すでに先客がいた。
「……!」
ツキカゲの身に緊張が走った。その先客は、あの武者だったのだ。

「そう身を硬くなさるな」武者は、ゆったりと言った。「こんなところで斬り合いもあるまい」
「……そうだな。失敬した」

2人は、互いに無言のまま、しばし湯を楽しんだ。
ほうほうと、ふくろうの鳴く声が静やかに響く。

やがて、武者が口を開いた。
「——そなた、今の戦をどう思う」
「……正直、虚しくはある。終わることなどないのではと」
「そうよなあ」武者は、天を見上げた。「まったく同感だ。しかし、俺は戦う以外に生きるすべを知らぬ。疑問を持とうとも、結局、人を斬ることしかできぬ」
「俺も……そうだ」
「誰もが、そうなのかもしれぬ。であれば、戦が終わらぬも道理か……」
武者は嘆息した。しかし、湯気は揺れなかった。

「誰も他のすべを知らぬ。いや……『知らぬ』ですませている。だが、ならば探すべきだったのだろうな。他のすべを……違う道を……」
「おぬし——」
武者の言葉に、思わず振り向いて——
ツキカゲは言葉を失った。
そこに彼はいなかった。傷ついた1振りの刀だけが、静かに湯に浸かっていた。


(知らぬのなら……探すべき……)
ツキカゲは、武者の言葉を思い返しながら、旅館の廊下を歩く。
(そうできればいいが……しかし、俺にできることなど……)
すると、女将が目の前に現れた。

「お客さん。お代ですけれど——」
「ああ——すまぬが、路銀をなくしてな……」
「でしたら、ここで働いていただけませんか?」にっこりと微笑む女将。「実は近々、団体さんがお泊まりになる予定で。男手が足りないのです」
一瞬の沈黙。
「……おぬし、よもやすべて見透かしておるのか?」
「なんのことでしょう」

しれっとした返答に、ツキカゲは苦笑した。

「まあ——よいか。せっかくだ。まずは、旅館の仕事とやらを体験させてもらうとしよう」

第八章 地獄女将 トモエ
「実は、臨海学校を開こうと思っていてね」
旅館の一室で、銀髪の男——ダンケルが言った。

「臨海学校……ですか」
傍らに座るトモエは、首をかしげながら、ダンケルの持つ猪口(ちょこ)に酒を注ぐ。
「うむ。ついては、三泊四日、貸しきらせてもらえないかね?」
「もちろん、かまいませんわ」にっこりと微笑むトモエ。「それで、その臨海学校というのは、どんなことをなさるのです?」
「基本的には勉学に励んでもらうつもりだ。ただ……」

ダンケルの瞳に、ふと強い意志の光が宿った。
「彼らには、強くなってもらわねばならないのでね。ちょっとした試練を設けたい」
「あら……それはそれは」
トモエの微笑が、妖艶さを帯びる。
「そういうことなら——ここはうってつけですね」
「『地獄女将』の腕前、久々にご披露いただこうかな」
「あらいやだ。私が名乗ったわけではないのですよ、それ」
くすくすと笑うトモエ——その背中で、じわり、と妖気が揺らめいた。

トモエは、さる妖術を伝える隠れ里の長である。
しかし、打ち続く戦乱の余波により、隠れ里の近くにあった聖なる森が焼かれてしまい……
彼女と里の者たちは、ある決意を固めた。

しばらくして、あるウワサが流れ始めた。
戦で疲れきった兵士たちの前に、忽然と旅館が現れるという。
美しい女将が出迎え、美味なる料理が並び、広々とした露天風呂があり、ふかふかの布団が敷かれる旅館——兵らは吸い寄せられるように泊まり、歓待を大いに堪能する。

だが、酒が回ってきた頃、旅館の様相が一変する。
部屋の内装は血にまみれ、仲居たちは焼き焦がされた髪を揺らしてニタリと笑う。
仰天し、泡を食って逃げ出す兵士たちの背中に笑い声が降り注ぐ……

すべては、戦に明け暮れる兵たちに灸をすえんとした、トモエ以下、隠れ里の者たちの妖術であった。

そんなある日、1人の男がふらりと旅館を訪れた。
兵士以外には、決して現れぬはずの旅館に自ら踏み込んできた男——
トモエは驚きつつ彼をもてなした。無関係の者を脅かすつもりはなかったので、普通の旅館のようにふるまおうと考えていた。

だが、仲居の酌を受けながら、男は言った。
『実にすばらしい。これほど気の利いたもてなしは、なかなかできるものではないよ。
 兵士を脅かすことだけを目的とするのは、もったいないのではないかね?』

この男は、すべてを見抜いていた。この旅館がどんな場所か、わかった上で来訪し、歓待を受け——それを、心から楽しんでいたのだ。

男が去ってから、トモエたちは顔を見合わせた。
もったいない——という言葉が、一同を動揺させていた。
脅かすためではなく、心から宿泊客をもてなす。
今回、初めてそれをやってみて——けっこう悪くないんじゃないか、とか、笑顔になってもらえるとやっぱりうれしいよね、とか、ウワサが広まって兵士が近づかなくなってきたし、もういいんじゃないかな、とか、俺たち意外とこういうの性に合ってるかも、とか、いろいろな意見が上がった。

そして——この旅館は、どんな客にも門戸を開くようになった。
評判は上々である。客が増え、たいそう忙しくなってしまったが、トモエたちは今、充実した日々を送っている——

「では、トモエ君。我が教え子たちを、よろしく頼むよ」
朗らかに笑うダンケルに、トモエは心からの微笑でこたえた。
「はい。心を込めて、おもてなしいたしますわ。——全力で、ね」

第九章 ビーチの絶望 ダンケル
旅館の一室。並んで座る三人に、ダンケルは脚本を手渡した。

「疑問があれば、言ってくれたまえ。こういうものは、事前のすり合わせが大事だからね」
「では」
さっそく手が——もとい、ヒレ状の翼が挙がった。
誇り高きペンギンの王子、リチャードである。
何やら困ったような表情をしている。

「私の『試練』、思いっきり卑劣で気が引けるのだが……」
生徒一同を旅館に案内する過程で不意打ちをかける、という内容である。
王族であるリチャードにとっては抵抗があるのだろう。
ダンケルは、重々しくうなずいた。

「申し訳ないが、心を鬼にしてやってもらいたい。
『敵の卑劣さに屈することなく、仲間を信じて戦い抜く』ための試練なのだからね」
「うーむ……そういうことであれば、承知した。セリフがやけに邪悪なのが気になるが……」
首をひねりつつ、リチャードは翼を下ろした。

「よろしいか」
武骨な手がスッと挙がる。
狼の武人、ツキカゲである。
真剣かつきまじめな表情をしている。

「俺の『試練』……あまりよくは知らないのだが、『肝試し』というのは、本当にこういうものなのか?」
「やや拡大解釈ではあるが、間違ってはいないよ。極限の緊張のなかでこそ、人の肝は鍛えられる。そう思わないかね?」
「ふむ……確かに。戦場に出た経験がある兵と、そうでない兵とでは、心構えに雲泥の差がある。そういうことだな」
目を閉じ、腕組みをしてうなずくツキカゲ。隣でリチャードが『絶対違う』とばかりに翼をパタパタ振っているが、気づかない。

「質問は、こんなところかね? トモエ君は——」
ダンケルが視線を向けると、トモエは薄っすらと笑みを浮かべた。
「異存ありませんわ。むしろ、こんなにぬるくてよいのでしょうか」
「彼らはまだ若人なのでね。お手柔らかに頼むよ」

ははは、ほほほ、と笑い合うダンケルとトモエ。
リチャードとツキカゲは顔を見合わせる。
「……この旅館にいると、見聞を広めることはできるのだが、変な色に染まってしまうのではないかと怖くなってくるな」
「気づいておらぬだけで、もう染まりきっているという可能性もあるぞ」
「おふたりとも、何か?」
トモエの微笑みに、2人は「「いや、何も」」と首を横に振る。

「では、手筈通り頼んだよ、諸君」
言って、ダンケルは闇に吸い込まれるようにして姿を消した。

「さて」
トモエが、リチャードたちに向き直る。
「もう臨海学校まで日がありません。おふたりには特訓をつけさせていただきます」
「特訓? 武技の訓練は欠かしておらぬぞ」
「いいえ」
トモエは、きっぱりと告げた。
「試練を課す者にふさわしい『凄み』を出すための特訓です」
「…………。はあ」
「さあ、始めますよ! 脚本を手に取って!」
「今からか!?」

——その後。
「さあ、心おきなく泊まっていってくれたまえー。地獄という名の宿になあー」
「ハイだめ感情こもってない! もっと邪悪に! 殺伐と!」
「地獄という名の宿になァッ!!」
「ハイそう! じゃあ次ツキカゲさん!」
「俺はツキカゲ。貴様らの『肝』を試すため雇われた、流れの武士だ」
「ハイだめそれただの説明口調! もっと余韻をつけて!」
「な、流れの武士だ……」
「ハイだめまだちょっと照れ残ってるやり直し!」
女将の猛特訓は、三日三晩続いたという。

終章
「……と、いう感じだったのだよ」

――クロム・マグナ魔道学園、学園長室。
呼び出された女教師サロメは、ボロボロに傷ついた状態ながら満足げな顔で語るダンケルを見つめ、あきれの表情を見せた。

「遠回しに言うけど……、あんた、アホなんじゃないの」
「ははは、そのように見えるのは、生徒に親しみを持ってもらうための作戦だよ」
「親しみを持たれた結果、花火として打ち上げられたのかい」
「彼らが楽しんでくれたのなら、何よりだ。異世界の友人たちにも喜んでもらえたようだしね」
「黒猫と魔法使い、ってヤツか。一度、あたしも会ってみたいもんだね。魔法の仕組みが違うってところが気になるよ」

サロメが眼鏡を押し上げる。
「で――目的は果たせたのかい」
「ああ」
ダンケルの身から、飄々たる雰囲気が消えた。
「今回の一件で、彼らはまた強くなってくれたよ。ノア君の参入によって、生徒会の絆はいっそう固いものとなった。彼らの抱くほのかな想いの行く先が今後どうなるかは、私にもわからないが――それが原因で生徒会の力が弱まるということは、もはやあるまい」
「そういう小っ恥ずかしいことを言うのに抵抗とかないのかね」
ぼやくように言って、サロメは目を細めた。

「学園長。あんた、やっぱり――例の『謎の魔道士』が、あいつらを利用しようとしてるって考えてるね」
「その通りだ」
重々しくうなずくダンケル。
「学園が異界に飛ばされたとき―私と彼らだけがあちら側に移動した。他にも多くの生徒や教師がいたのに。また、彼らが特定の場所に集っていたわけでもないのに、だ。彼ら生徒会の面々を『狙い撃ち』したものとしか、考えようがない」
「問題は、なぜそうしたのか、か……」
「そこがわからない。だが、だからと言って、対策を打たないわけにはいかないからね。奴を見つけ、拘束することができれば最善なのだが――」

サロメは首を横に振る。
「残念ながら、依然、手がかりゼロさ。すべてのコネを駆使したんだけどね――」
「君の情報網でわからないとなれば、打てる手が限られてくるね……」

瞑目し、しばし考え込んで――
やがて、
「やむなし、か……」
つぶやいたダンケルが、スッと薄く目を開いた。

真紅の瞳が、炯々たる光を放つ。峻厳なる覚悟の色に、サロメは思わず息を呑んだ。
決意を固め、本気になった――ただそれだけで、豪放で知られる女教師を戦慄させるほどの凄みが、ダンケルの全身から放たれていた。

「サロメ君。『管理者』たちに連絡を取ってくれたまえ」
「……!」
雷に撃たれたように、サロメが硬直する。
『管理者』――その名は、この世界の者たちにとって、きわめて重大な意味を持つものであった。

「学園長――あんた、まさか……!」
「そうだ」

揺るぎない鋼の声音で――
ダンケルは、断固たる宣言を放つ。

「クロム・マグナ魔道学園の学園長として――
 彼らに、協力を要請する……!」