黄昏の四神書

序章
金色の風が流れ、世界を黄昏が覆う──
 黄昏は全てを飲み込み、全てを奪う──
 けれど恐れることはない──
 四獣を紡ぐ力が黄昏を祓い、黄昏は暁へと変わるだろう──

 それは、叙事詩や御伽噺によく出てくる一節。
 黄昏の名は『黄龍』。
 全ての精霊を統べる“王”と呼ばれる存在。
 けれどその強大すぎる力は世界のバランスを崩すもの。
 刻の皇帝は四獣の力を使い、精霊の王を封じたのだという。


 大陸の中央に位置する大国。
 代々“黄昏”の名を冠する女皇帝『黄龍』が統べる、とある国でのお話。
 そこは四の力が注がれる場所。

 東方に坐す碧き獣『青龍』。
 西方に坐す白き獣『白虎』。
 南方に坐す朱き獣『朱雀』。
 北方に坐す玄き獣『玄武』。

 それら“四獣”と呼ばれる精霊たちの加護がある限り、この先も変わることのない永久(とこしえ)の平穏が続いていく。
 それは、この国に古くから伝わる云い伝え。子供でも知っている“御伽噺”だ。
 この国には四人の精霊さまがいて、みんなを護ってくれているのだ、と。


 一人の少女が呆然と……
 今しがた目の前で起こった出来事を、まるで種を知らない手品でも見せられた子供のような驚きの表情で見つめている。
 少女の名は『朱雀』。
 この国の南方を守護していると言われる精霊さまと同じ名を持つ少女は“精霊朱雀”の加護を受ける巫女。

 その手には、一冊の古めかしい本が握られている。
 何かの力の発現があったのか、手にした本はほのかに淡い光を発しているように見えた。
 その答えは、朱雀がぼんやりと見つめる先にあった。
 目の前に人が立っている。
 その人は“やってきた”のではなく“現れた”のだ。
 “目の前に”“突然”。
 空に向けて伸びる、目も眩むような光の柱──その柱が消え、次に目を開いた時には、すでにその人は“いた”のだ。

 この国のものではない、見た事もない衣装に身を包んだ──“童話の中に出てくる魔法使い”とでも言えばいいのだろうか?
 その魔法使いは、一匹の黒い猫を連れていた。

「え、えぇとぉ……」

 朱雀がやっとのことで喉奥から声を絞り出した、まさにそのとき、複数の馬の蹄の音が辺りに響く。
 やってきたのは、国の憲兵たちだった。
 憲兵たちは、まるで犯罪者でも扱うかのように、朱雀たちを取り囲む。
 鋭い槍の切っ先が、朱雀たちに向けられる。
 ……けれど犯罪者と疑われても仕方がない。
 今まさに、朱雀の手にしている古書は王宮の宝物庫から盗まれたもの“だという”のだから。

 憲兵たちが睨んでいる。
 そもそも、話の意味がわからない。
 状況に思考が追いつかず、朱雀は一瞬で頭の中が真っ白になってしまった。

「と、ととと、取りあえず、こっちっっ!!」

 言い訳の言葉も見つからず、朱雀は魔法使いの手を取る。
 憲兵たちの脇を抜け、股下をくぐり、一目散に駆け出した。
 後ろから聞こえてくるのは、憲兵たちの怒声と馬の蹄の音。
 それでも振り返らず、朱雀は魔法使いの手を取りながら懸命に走るのだった。

「あ~ん! いったいなんで、こんなことになっちゃったの~~!!」

第一章 テウティ・スーシェン
「はぁ~……」

もう何度目になるのか分からないため息を、あたしは盛大に吐いた。
このまま修行もお務めも放り出して、どこか遠くへ逃げてしまいたいっ!
けど、そんなことをしたって何の解決にもならないことは、当のあたしが一番理解してることなのだ。

あたしの名前は『朱雀』。
この国を護る四獣の名前が“巫女”の家系に生まれた女の子の名前。
あたしの朱雀って名前も、そんな精霊さまの名前から頂いたものだ。

巫女の家系に生まれた女の子は、代々、精霊さまにお仕えするために『四神の巫女』として育てられる。
巫女っていうのは精霊さまの加護を受ける者。
精霊さまと心を通わせて、ほんの少しだけ力を借りることが出来る存在なのだ。
そのためにも、辛い、辛ぁ~い修行をササッとこなして、みんなに認めてもらわなきゃいけない!

──だというのに……

はふぅ~っと、また大きなため息が漏れた。
竹箒を手に、あたしは今、修行に出された“紅南門”の掃除に明け暮れている。
お世話になっている修行場を綺麗にしよう! …なんて自発的なものじゃない。
これは、何度やっても何度やっても修行が上手くいかない、あたしに対する罰……。
そう、あたしはいわゆる“おちこぼれ”なのだ。

同じ巫女の血を引く“妹たち”は修行も順調で、すでに精霊さまと心を通わせあってるという。
末っ子の『白虎』ちゃんですら、もう精霊さまとお話しできるって話だ。
それなのに、あたしときたら……
自分の情けなさに、あたしはまた盛大なため息を漏らした。



あの日、あたしは師父の言いつけで都を訪れていた。
言いつかったおつかいを終え、トボトボと帰り道を歩いていると、瓢箪(?)を背負った奇妙な格好をした女の子が声をかけてきた。
女の子は懐から一冊の古めかしい本を取り出すと、信じられない速さであたしの手に本を持たせた。

「その本、とっても貴重な本ヨ。安くしておくから買うヨロシ」

なんでも、その本を使えば古の精霊さまを呼び出すことが出来るらしい。
その話に、あたしは一も二もなく飛びついていた。

──騙されたッ!

そう思ったのは、少しだけ冷静さを取り戻した後でのことだ。
精霊さまを呼び出せる本なんて、普通に考えると怪しすぎることこの上ない。
だいたい、そんな本が在るのだとすれば、あたしたち巫女の存在っていったい? って話だ。
あたしは自分の馬鹿さ加減に辟易しながら、買ってしまった本のページをペラリとめくる。
その瞬間……

辺りが真っ白になるほどの光に包まれると、ドンッという大きな音と共に空高く光の柱が伸び上がった。
あまりにも眩しくて、あたしはギュッと目を閉じる。
しばらくして目を開けると……

「……」

いつの間に現れたのか、目の前には人が立っていた。

(精霊……さま?)

見慣れない衣装に身を包んだその人は一匹の黒い猫を連れている。
まるで、童話の中に出てくる“魔法使い”みたいだな、とあたしは思った。

何が起こったのか分からないのか“魔法使いさん”は驚いた様子で辺りをキョロキョロ見回している。
そりゃ、そうだよね。
突然、知りもしない場所に呼び出されたのだとしたら、あたしだってびっくりする。

「え、えぇとぉ……」

あたしは意を決して、魔法使いさんに話しかけてみた。

第二章 マオ・スーシェン
「白虎や、今すぐこの“白西門”を離れなさい!」

その日の修行を終えて、いつものようにのんびり水浴びを楽しんでると、師父が慌てた様子でそんなことを言ってきた。

ボクの名前は『白虎』。
『四神の巫女』として、ここ“白西門”で修行の日々を送っている。
とまあ、ひとまずボクのことは置いておくとして──とつぜん飛び込んできた師父を、ボクはギロッと睨みつけた。

性懲りもなく、またノゾキにでも来たかっ!
なんて、近場に置いておいた水桶でもぶつけてやろうと思ったけど、どうもそんな感じじゃない。
師父は、いつになく真剣な様子。
取りあえず何があったんだろう? 詳しい話を聞いてみないと、ぜんっぜん分からない。
だからボクは、説明を求めた。

“黄昏”が解き放たれた──
“大いなる災い”が起ころうとしている──

うんぬんかんぬん、どーたらこーたら……
師父の話を聞いている内に、ボクは湧き出てくる欠伸を必死に堪えていた。
長々話し始める師父の話なんて、半分程度も入ってこない。
要約するとどうやら“ウチの姉が犯罪者になってしまった”らしい。
ボクは思いっきり顔をしかめた。


ボクたち四姉妹の長女である『朱雀』姉は、どうにも不器用すぎる人だ。
巫女として姉妹の誰より早く修行を始めたっていうのに、未だに精霊さまから力を借りるどころか、会話だって出来てない。
追い打ちを掛けるみたいに、末っ子のボクの方が早々に精霊さまとお話し出来るようになってしまった。
まあ、焦る気持ちはあるんだろうけど、ボクと比べるのは朱雀姉が可愛そうってものだ。
なにしろボクは天才だし、姉妹の中で一番器量だっていいんだから。

そんな姉が王宮から“四神書”を盗みだし、封じられていた古の精霊さまを呼び出したんだという。
憲兵たちは妹のボクまで共犯者と思ってるらしくて、白西門までボクを捕まえに押し寄せてきた、っていうのが師父の話だ。

それにしたって──

空回りする姉だって思ってたけど、まさかそんな大それたことするなんて思ってもみなかった。
……いや、まあ朱雀姉のことだから、きっと誰かに騙されたか、変に誤解されてるだけなんだろうな。
かといって、このまま放っておくわけにもいかないし……


着の身着のままに白西門を出たボクは、そっと目を閉じて心の中に問いかける。
すると、すぐに返事があった。

「朱雀姉の場所、分かる?」
(“朱雀”のニオイならばな。そのニオイを辿ればソナタの姉も見つかろう)

ボクの体の中にいる『白虎』さまが、そう教えてくれる。
ボクはスンっと鼻を鳴らすと、風に乗って流れてくる見知ったニオイを捕らえた。

「見つけた」

その方角に体を向けると、ボクは地面を蹴って駆け出した。


ニオイに向かって一直線に駆ける、駆ける、駆ける──その足が、ピタッと止まった。
朱雀姉のニオイ……その隣に、奇妙なニオイを感じたからだ。
慣れ親しんだ“世界”のモノとも違う、これまで感じたこともないようなニオイ。

草陰に身を潜めて、そっと顔だけ出すと、朱雀姉の姿が見えた。
その隣には、“黒猫”を連れた“怪しい格好の人(?)”
ボクは視線を外さずに、そっと心の中に問いかける。

「……あれが“黄昏”ってやつ?」
(いや……)

心の中で、白虎さまが首を振るのを感じた。

(“黄昏”ではないな。だが私にもさっぱりわからぬ……)
「へぇ~、白虎さまにも分からないことあるんだ?」
(精霊とて万能ではない。それよりソナタ、自身の異変に気付いておるか?)
「異変? ……あっ」

言われてハッとする。
感覚が研ぎ澄まされている……というより、白虎さまとの繋がりをこれまで以上に強く感じることができた。
それはもう、体の中の白虎さまの姿、形をハッキリ感じ取れるくらいに。
詳しいことは分からない。
けど原因はおそらくあの人なんだって、なんとなく分かった。

(とにかく様子を見た方がよさそうだな。悪しきニオイではないようだが正体も分からぬ以上──)
「……ふふふ」
(──おい?)
「なんか、おもしろそう!」

ボクは一気に興味を引かれると、隠れていた草陰からガバッと身を起こした。

第三章 シエン・スーシェン
あまりの話に、私はかけるべき言葉も見つからずに呆然とたたずんだ。
修行、一辺倒。
生真面目、謹厳、堅物、なんてずっと言われ続けていた私だけど、そうでなくたってこれは呆れる状況だった。


私の名前は『青龍』。
“碧き四獣”の巫女である私には、彼の精霊さまのお力をお借りして、国を護る務めがある。
そのためにも、毎日、厳しい修行で己を高める修練を積まなければならない。
私は来る日も来る日も修行に明け暮れ、『四神の巫女』としてお役目を果たしている。

いつものように“蒼東門”の裏手にある修行場で修行に励んでいると、彼女が突然、目の前に現れた。
私と同じ四神の巫女で、姉でもある『朱雀』。
朱雀は開口一番に「ごめんなさいっ!」と謝ると、いきなり頭を下げた。


しどろもどろになりながら朱雀が言うには、国の秘宝である“四神書”を使い“魔法使い”を呼び出してしまったのだという。
頭を下げる朱雀の隣には“黒猫”を連れ、見慣れない衣装を纏った者が立っている。
なるほど、朱雀が言うように童話に出てくる魔法使いのような格好だ。

けど、それはそれとして──

私はあまりにもつっこみどころの多い話に、怒りよりも先に目眩を覚える。
これはいったい、何からどう切り出したらいいものか……
懸命に話の内容を頭の中で整理していると、今まで口を噤んでいた『青龍』さまが、突然語りかけてきた。

(ふぅ~ん、なるほどねぇ。あんたのお姉さん、異界の住人を呼び寄せてしまったのかしら)
「青龍さま?」

野太い声で彼(?)は、まるで女人のような言葉遣いをする。
いまだに違和感が拭えないまま、私は私を守護する精霊さまの声に耳を傾けた。

(たしかに、この者からは特別な力を感じるわぁ。この世界の力の流れとは違う別の力……)
「どういうことなのです?」
(そんなの知らないわよぉ。けど、だからこそ面白いのよねぇ。それに可愛い顔してるじゃない。ふふ、好みのタイプだわぁ♪)
「青龍さま、ふざけてる場合ではございませんっ!」

青龍さまは嬉々として“魔法使い”に興味を示している。
私が言葉に窮していると、朱雀がまた、とんでもないことを言い出した。

「魔法使いさんを元の世界に戻してあげることってできないかな? たとえば“四門”を開くとか…」
「四門ですって!?」
「だ、だって、あたしのせいで魔法使いさんが──」
「馬鹿おっしゃいっ!」

朱雀の言葉に、私は大声をあげた。
“四門”は次元の扉を開く門。
“黄昏の王”の封じられた場所。
かつて四獣の力を使って扉を開き、その扉の向こうに精霊の王『黄龍』を封じたという。
そんなものを開いてしまったら、黄龍を解き放ってしまうことになる。

私の考えていることがわかったのか、青龍さまは大して興味のないような声でこう言った。

(けど黄龍のやつ、もう復活しちゃってるわよ?)
「なっ……!?」
(まあ復活っていっても、僅かばかり“四門”から力が漏れ出してる程度なんだけどねぇ)

言葉を詰まらせる私に、青龍さまはそう教えてくれた。
漏れ出した黄龍の力はほんの僅かで、せいぜい力のあるものが会話できるか、程度のものらしい。
それならば話は早い。
危険なものが収まっている箱をわざわざ開く馬鹿はいない。
朱雀の話を蹴り飛ばし、私は蒼東門への帰路を辿る。
そんな私の肩を末妹の『白虎』がぐっと掴んだ。

「あ~、青龍姉。蒼東門に帰るのは止めといたほうがいいよ~?」
「どうしてよ?」
「たぶん、憲兵隊が押し寄せてきてるんじゃないかな? 白西門と一緒で」

その話を聞いて、私はさらに目を白黒させることになった。
朱雀たちは国の憲兵に追われているとのこと……
加えて言うなら、朱雀のしでかしたことが私たち四姉妹の共謀だと疑われているのだという。

そういえば、話のはじめに「四神書を使って」とか何とか言っていたような──

これでは、まるで犯罪者じゃない!?
そんなことを考えながら、私は大事なことを思い出した。
思わず朱雀に掴みかかる。

「ちょっと待って。ここにまで追っ手が来てるってことは、ひょっとして『玄武』のところにも!?」
「う、うん…… たぶん……」
「~~~~っ!!」
「うあ~~、ゴメン~~~」

朱雀の頭をガクガク揺するが、そんなことしてても何の解決にもならない。
こうして私たちは一路“玄北門”を目指すことになった。
玄武を救うために。



(ふふふ、面白いわねぇ。あんたのお姉さん)

私の頭の中に、青龍さまがそっと語りかけてくる。
私は「どこが」と、悪態をついた。

(何も性格だけが面白いって言ってるわけじゃないのよ。……あんたも気付いてるんでしょう?)
「……」

駆ける私の後を必死になってついてくる朱雀。
その隣に、同じように駆けてくる“魔法使い”。

(異世界から住人を呼び出せるなんてねぇ。いったいどういう力をしてるのかしらねぇ、あんたのお姉さん♪)

くくくっ、と喉奥で笑うような青龍さまの声を耳に、私はギッと朱雀のことを見つめ続けていた。

第四章 シェピア・スーシェン
「あらあら~、これはどうしたことでしょう~?」

突然、大きな音が響いたかと思うと、たくさんの憲兵さんたちが、わたくしの周りを取り囲みます。
憲兵さんたちは何事かをおっしゃると、わたくしの体にグルグルと縄を巻いていきました。
どうやら、わたくしは捕まってしまったようです。

ああ、申し遅れました。
わたくしの名前は『玄武』と申します。
“四獣玄武”の加護を受ける『四神の巫女』として、ここ“玄北門”での修行の日々は、厳しくはあってもとても平和な毎日でした。
それがこの日、唐突に終わりを告げてしまったのです。



憲兵さんたちに連れられたわたくしは、この国を治める“皇帝陛下”の前へと案内されました。
たしか皇帝さまは、愛らしい女性の皇帝さまだと伺っています。
わたくしは噂に違わぬ愛らしい皇帝さまに微笑むと、深々と頭を下げました。

「お初にお目に掛かります、陛下。わたくしは玄武。玄北門にて四神の巫女としての務めを果たすべく日々を送っております」

頭を下げるわたくしを、皇帝さまは氷のような冷たい眼差しで見つめてきます。
わたくしは何か失礼なことでもしてしまったのでしょうか?
考えていると、突然、皇帝さまがお声を掛けてくださいました。

「……久しいな、玄武よ」

はて、わたくしは皇帝さまにお会いしたことがあったのでしょうか?
答えを出す前に、わたくしの中にいる『玄武』さまが応えられました。

(ほう、『黄龍』か。これはまた、随分と懐かしい顔に会うたものじゃのぉ)
「ふん、よく言ったものだな」

ああ、なるほど。皇帝さまは玄武さまのお知り合いだったのですね?
久しぶりの対面をお邪魔しては申し訳ありません。
わたくしは納得すると、しばらく口を閉ざすことにしました。

(しかし、御主が出てきておるとはのぉ。……目的は何じゃ?)
「知れたことを聞く。我の目的などあの時から変わらぬ。我はただ、自由を欲するのみ」
(そのままの御主であれば、構わぬのじゃがのぅ。そういうわけでもなかろう?)
「我の欲するは、完全なる自由」
(じゃろうのぉ……)

旧知の仲なのか、玄武さまと皇帝さまは“楽しそう”におしゃべりを続けています。
なんでも皇帝さまの中には『黄龍』という精霊さまがいらっしゃるらしく、今の皇帝さまは本物の皇帝さまじゃないそうです。
その後も玄武さまと皇帝さまのお話は続きました。

精霊さまとは“力の奔流”──
その猛々しい力を制御するのが、わたくしたち巫女の務め。
わたくしたち巫女がいることで、精霊さまはこの世界で自由を得るのです。
けれど黄龍さまの力は強すぎて、力を制御できる巫女がいません。
そのために、黄龍さまには永遠に自由を得ることができないというお話です。
わたくしは、お二人のお話を聞きながらなんだか悲しい気持ちになってきました。
一生自由になることができないなんて、黄龍さまはどういうお気持ちなのでしょう……



「まもなく“四門”は再び開かれる。何者かは知らぬが、綻びを広げる者が現れてくれた。我はその時を待てばよい」

皇帝さまは声をあげ、高らかに笑います。
ようやくお二人のお話が終わったようで、わたくしは玄武さまに話しかけました。

「お話は終わったようですね。それで、何のお話をしていたのですか?」

お話が難しくて、わたくしには要点が掴めませんでした。
わたくしが何気なく聞くと、玄武さまは少し呆れたようにため息を吐きながら、そっと答えてくれました。

(世界が滅ぶかもしれん……という話じゃよ)
「……はあ」

わたくしは、首を傾げます。
玄武さまは真剣な眼差し(?)で皇帝さまの方に視線を向けると、そこには小さな“歪み”がありました。
その歪みは、なんだか徐々に大きくなっていっているようでした。

第五章 リンシン・ファン
ワタシの体を無造作に放り投げると、憲兵は大きな門を乱暴に閉めたネ。
いくら宮廷の台所に黙って忍び込んだからって、この扱いは酷いアル。
やっぱり街の小さな料理屋さんの厨房にするべきだったカ?
ワタシはちょっとだけ反省すると、同時にお腹がググゥ~っと盛大に文句の声をあげたネ。


ワタシはリンシン。
『リンシン・ファン』という名前で呼ばれているアル。

武闘家として高名を得るために故郷の村を離れて幾年──
ある時は山賊一味のアジトから金品をちょろまかし。
ある時は人食い虎の子供をかっさらって商人に売り飛ばし。
数々の武名をあげてきたワタシだけど、空腹という難敵には勝てなかったネ……


放り出された門前で、ワタシはピクリとも動くこともできずに倒れ伏していたアル。
そんなワタシを遠まきにクスクス笑いながら、何人もの通行人が通り過ぎていく。
人の情も優しさもないとはこのことヨ。都会の人が冷たいっていうのは聞いたとおりネ。

いつか、必ず後悔させてやるアル。
そんな恨み言を呟きながら、ワタシはそっと目を閉じる。
しかし、困ったネ。
金目のものを持ってるワケじゃないし、当然のことながら財布の中身は空っぽ……
このままでは、本当にここで飢え死にしてしまうヨ。
やがて来る絶望に、どう対処しようかと考えていると──

──ゴッ!!

突然、倒れているワタシの頭上に、何かが降ってきたアル。
思わず「ぴっ!?」と声をあげてしまったネ。
ガバッと顔を上げると、目の前には一冊の古い書物が転がっているアル。
どうやら、これがワタシの脳天に直撃したらしいネ。
まったく何処の馬鹿ネ。こんなイタズラ──そこまで思って、ふと考える。
考えようによっては、これは“天の助け”と違うカ?
ワタシはキョロキョロ辺りを見回すと、天から降ってきた古書をそのまま懐にしまい込んだネ。


古書はずいぶん古めかしいにも関わらず保存状態は良好。
きっと、大事に保管されていたのネ。
本の表紙を見て、ワタシはさらに驚かされたアル。

『黄昏の四神書』。

本の表紙には、そう書いてあったネ。
四神書といえば古の“黄昏の王”の強大な力を封じた書物で国宝と呼ばれるものだということは、流れのワタシでも知っているアル。
もしこれが本物だとすれば、その価値は計り知れないものヨ。
……でも、困ったネ。
そんなものをそれなりの店に売れば当然足もつくし、盗人レベルの犯罪じゃ済まされないアル。

ここは適当な通行人を捕まえて売りつけるしかないアル。
考えてみれば、そんな国宝がこんなところに転がってるワケないネ。
どうせニセモノなんだろうし、それに本物の表紙に堂々と“黄昏の四神書”なんて書いてるワケないネ。
こんなものに騙されるなんて、よっぽどの大馬鹿よ。
まぁ、それなりの値で売れば点心くらい……
どうにかこの古本をお金に換える算段をしていると、目の前を一人の女の子が歩いていたアル。

「あたしにもっと力があればなぁ……」

女の子はぶつぶつと、そんなことを口にしていたアル。
ワタシは思ったネ。

「鴨が葱を背負ってきたネ!」

ワタシはさっそく女の子に話しかけたヨ。
聞くところによると、その子は『四神の巫女』さんらしいネ。
これは、ますます鴨葱アル!
最初のうちは不審な目を向ける巫女さんだったけど、ここで引き下がるわけにはいかないネ。
ワタシにも生活がかかってるアル!
口先三寸、あの手この手で説得すると、巫女さんはほくほく顔で古書を買い取ってくれたネ。
まったく、お客様は神さまヨ♪


おかげさまで、ワタシの財布はパンパンに膨らんでいたアル。
その財布を手に、ワタシは都に引き返したネ。
今夜はご馳走アル♪
通りすがりの巫女さん、恨みっこなしネ。
今度また会うことができたら、点心奢ってあげるネ。
それでは、またその時まで──再見。

第六章 シュラン・ファンディ
私の目の前を、眩い光の柱が立ち昇る。
その光の中心に立つのは、異国風の装束を身に纏った“人(?)”。
傍らには一匹の“黒い猫”を連れている。

“精霊召喚”なんてものは、私は物語の中でしか知らない。
この国にも“四獣の話”や“黄昏の王の話”があるけれど、それもどこか遠い御伽噺のように聞いていたのだ。
けれど目の前で“ソレ”を目の当たりにしてしまったら……
私は今までの考えを改めて、素直に信じるより他なかったのだ。



「神将、事件です。宝物庫から“四神書”が盗まれましたっ!」

宮廷の兵からその報を受けたのは“街で今話題の点心屋”で、長蛇の列に混じって並んでいる時だった。
一応、誤解ないように話しておくと、これも職務の一環なのだ。
主の命がなければ、誰が真っ昼間からこんなところで油を売るものか!

私の名は『シュラン・ファンディ』。
敬愛する我が主『黄龍帝 イーリン』様の御側に控える近衞の隊長を任されている。
主から“麒麟神将”の名を賜り、私のことを『麒麟』と呼ぶ者も多い。
……おっと、少し話が逸れてしまったな。

四神書が盗まれる少し前、宮廷に“怪しい少女”が忍び込んでいたのだという。
私は兵からの報を受けると、彼を私の代理としてその場に残し、急ぎ憲兵隊を率いて少女が向かったといわれる先に馬を走らせた。


憲兵を率いてやって来た先には、情報通りに一人の少女がいた。
手には宮廷より持ち出された四神書が握られている。
まちがいなく、彼女が宮廷から四神書を持ち出した賊なのだろう。
すぐさま捕り押さえ、四神書を取り戻す──そう思った矢先、“ソレ”は起こったのだ。



突如、いずれより現れ出でた“黒猫を連れた異国風の道士”。
では、彼の者が伝え聞く『黄龍』なのだろうか?
しばらく呼吸をするのも忘れてソレを見つめていたが、私は役目を思い出すとただちに兵たちに声をあげる。
少女と道士を捕らえるべく、私は手にした弓を構えた。



「失体だな、麒麟よ」

主の事実だけを告げる言葉に、私はただただ顔を伏した。
なんて情けない話だ……
“麒麟”とまで評された私が、賊一人満足に捕らえることもできず、おめおめ引き下がってきたのだ。
しかも、賊は四神書を盗み出し、彼の黄龍を呼び出した重罪人。
あの“御伽噺”が本当なら、この世界自体が滅びかねない。
私は自分の失体に歯噛みしながら、先ほど自分の目で見たすべてを事細かに話した。

「──ほう、四神書を使ったのは“朱雀の巫女”か」
「はい。それは確かなことかと」

いくら賊を捕り逃がしたからといって、手ぶらで帰るわけにもいかない。
私は少女の風貌などから、彼女が朱雀の巫女だという情報を調べ上げていた。

国の東方“蒼東門”を守護する『青龍』。
国の西方“白西門”を守護する『白虎』。
国の南方“紅南門”を守護する『朱雀』。
国の北方“玄北門”を守護する『玄武』。

それら四獣を“四神”と呼び、四神からの加護を受け、その力で国を護る者を『四神の巫女』という。
私が捕らえそこなった賊は、どうやら四神の巫女の一人“朱雀の巫女”だったらしい。
しかしなぜ、国を護るべき務めを負った巫女が、このようなことを……
考える私に向け、主は命をくだす。

「四神の巫女を捕らえよ」

それは酷く淡々と……
何の感情の起伏もない冷たい声だった。
私はその命に従い、すぐさま踵を返す。
部屋を出るまえに、一度だけ主を振り返った。

「あの、陛下……」
「……」

私が戻ってから、主は一度も表情をお崩しにならない。
その眼差しは氷のように冷たく、掛ける言葉は鏃のように鋭い。
主の言葉に、態度に──私は戻ってからずっと違和感を覚えていた。

(陛下、いったい……)

……けれど今は、そのことに疑問を持つ暇はない。
失体で生まれた不信感は、賊を捕らえることで挽回しよう。
私は再び踵を返すと、主の御前を後にした。

第七章 イーリン・ファンディ
「退屈じゃ、退屈じゃ。ああ~、まったくもって た い く つ じゃ~~」

寝台の上に大の字に寝転がると、ジタバタと手足をバタつかせた。
「国を治める者がはしたない」などとお堅い『麒麟』あたりが文句を言いそうじゃが、そんなの知ったことではないわ!
やらねばならんことなら、机の上に溜まっておる。
じゃが“仕事”と“興味”とが、まるきり違うことは分かるじゃろう?
やることが溜まっておったとしても、退屈なものは退屈なんじゃ~~!!

何? 妾の名前じゃと??
御主は、この国の主の名も知らんのか? まったく最近の臣は実に嘆かわしいのぉ。
妾の名は『黄龍』じゃ。
この国を治める者は“黄龍”を名乗ることが、古の頃より決まっておる。

黄龍というのは、この世を統べる精霊の王の名じゃ。
じゃがその力はあまりに強大でな、そこに“在る”だけで国を破滅へと導いてしまう。
刻の皇帝──つまりは妾のご先祖さまじゃな──は四神の力を使って、精霊の王を封じたわけじゃ。

──とまあ、これが我が国に伝わる御伽噺じゃな。
そんな御伽噺なら、この国の者なら子供でも知っておる。
……しかし、何じゃな。
行いに関わらず、存在そのものが“悪”とされるのは、御伽噺の中の話とはいえ切ないモノよな。
その“黄龍”とやらには、同情を禁じ得んのぉ。


御伽噺に逃避行しておると、ふと思い至ることがあった。
そういえば、王宮の宝物庫には黄龍にちなんだ品があったはずじゃ。
退屈しのぎにちょうどよいネタに心を躍らせながら、妾はさっそく宝物庫へと向かった。

さすがに宝物庫の警備は厳重で、警備の兵たちが不届きな侵入者に目を光らせている。
じゃが妾はこの国の皇帝じゃ。そんなものは何の障害にもならん。
警備の兵を下がらせると、妾は宝物庫へと足を進めた。

『黄昏の四神書』──

その古書は精霊・黄龍の力を封じたもので、代々、この国の皇が護ってきた秘宝の一つ。
手にすれば黄龍の加護を得るといわれ、宝物庫の外に出すことなく厳重に保管されてきた。
もちろん皇帝の妾だからとて、そんな秘宝を勝手に持ち出すことなどできん。
じゃがまあ、少しくらい借り受けたところで問題はなかろう。王宮から持ち出すわけではないんじゃしな。
四神書を手に取ると、妾は辺りの様子に気を配りながら宝物庫を後にした。


「陛下?」
「ぬなっ!?」

ようやく自室に辿り着いた……そう思った矢先、やっかいなヤツが現れた。
近衞長で妾付きの補佐官である『麒麟』は、思わず大声をあげた妾に訝しんだ目を向ける。
すかさず四神書を後ろ手に隠した。

「……? 今、何か隠されましたか?」

……目ざといのぉ。
これ以上、麒麟に勘ぐられてはかなわぬ。
彼女が怪しむ前に、妾は麒麟の用向きを尋ねることにした。

「そうでした。政務が陛下のところで滞っております。お願いした書簡には目を通して頂けましたか?」

尋ねられて妾は知らん顔……
まったく仕事が進んでいないことが分かると、麒麟は顔を真っ赤にしてがなりだした。
「今日は気が乗らんのじゃ。どうしてもと言うなら、相応の誠意を見せて欲しいものじゃな」
「また無茶なことを……」
「急に点心が食べたくなってきたのぉ。2時間は並ばぬと買えんという、今、都で評判のやつじゃ」
「……」

妾の言に、麒麟はぷっくり頬を膨らませると恨みがましい目をしながら出ていった。
ふむ、これでしばらくは帰ってこんじゃろうな。さて──
古書に目を移す。
伝説の秘宝というだけあって、なかなか貫禄というものがあるではないか。
妾はさっそく古書を開き、古の精霊に呼びかけた。

「封じられし精霊の王よ。今こそ、その力を解き放つ時じゃ!」

……
…………
……………………

「何も起きんではないかぁぁあああああッッ!!」

伝説の秘宝といわれる四神書には何の変化もない。
妾の問いかけに精霊が応えることもない。

「……」

妾の期待を裏切りおって。不愉快なことこの上ない!
怒りにまかせ、妾は四神書を手にすると力任せに窓の外へ放り投げた。
思わず期待してしまったが、御伽噺はやはり御伽噺だったようじゃな。
じゃが、よくよく考えてみると御伽噺どおりの精霊が出てきたら冗談では済ませられぬのぉ?
麒麟あたりに大目玉をくらいそうじゃ。
ほっとしたのも束の間、再び退屈が戻ってきて妾は寝台の上に大の字に寝転がった。



その夜──
嫌な寝苦しさに、妾はそっと“意識を取り戻した”。
金縛りにでもなってるのじゃろうか……どうも体が思うように動かぬ。
じゃが自分の考えとは裏腹に、妾の体はしっかりと“身を起こしていた”。
まだぼんやりとした意識の中、誰かの声が耳に入ってくる。

「……ふむ、表に出られたのはごく僅かか」
(……へ?)

その声に、妾はハッとなった。

「この程度の裂け目であれば仕方がない。どうやら四獣の力が働いているようだな」
(な、なな……)

頭が混乱した。
妾の口から。妾の声で。妾のモノではない言葉を発している。
妾の意識はある。
じゃが、妾の意思どおりに体は動かせない。
まるで魂だけが別の入れ物に入れられたかのように……
いったい何が起こったのじゃ!?

「まずは四獣をどうにかするか……」

妾の声で、妾のものではない言葉を発しながら、妾の口の端がククッと上がる。
妾は何をすることもできず、状況も分からないままにその声を聞いていた。

第八章 クァン・ファンディ
永きに渡る戒めは今や綻び、門が完全に開くのは時間の問題。
開きはじめた門を再び閉じることは、もはや今の四獣の力を持ってしても叶わぬ。
ようやくだ……
ようやく、この忌々しき場所より解放されるのだ。
×   ×   ×
過ぎたる力は、ただ“在る”というだけで災いとなる。
それ即ち“悪”と呼ばれ、無条件に忌み嫌われるもの。

『黄龍』──
そう呼ばれる我もまた、生まれながらにしての“悪”。
我という存在に“在る”べき場所もなく、我は光すら届かぬ深い場所へと隔離された。
“在る”ことも許されずに、我はただこの場に“有る”。

──ならばなぜ、我は存るのだ──

何千、何万と繰り返した疑問。
その問いに答える者など、どこにも存(お)らぬ。

──ならば我が答えを出すより他あるまい──

悠久の刻の中──
時の流れも分からぬ闇の中で、我を呼ぶ声が聞こえた気がした。
だが、そんなことが起こり得るはずもない。
空耳などと俗なものを感じたのは、ずいぶんと久方ぶりのことだ。
自嘲の言葉を口にしかけた時、声はまた届いた。そして──
我は“ソレ”を見つけた。

闇以外に何もない場所にみつけた小さな綻び。
その綻びは、徐々にではあるが大きさを増している。
その綻びの中に、我という存在は徐々に吸い込まれていった。


意識を醒ますと、我は眩い光の中にいた。
眩いとはいっても、すでに日は落ち、辺りは仄暗い。周りのものを“認識”できるといった程度だ。
だがそれだけで、今まで光りすら届かない場所にいた我にとっては眩いものだった。
己が身に目を向けると、我は女人の格好をしていた。
どうやらこの者は、我を宿す資質を持った者らしい。
依代を得ることで、我は行動を起こす手足を得ることができた。
だがどうやら、コチラに出てきたのは我のほんの一部に過ぎぬ。

「……」

我の傍らには、先ほどの綻びがあった。
徐々に広がりを見せているとて、開ききるにはずいぶんと時が掛かりそうだ。
我はまず、その綻びを広げることにした。
×   ×   ×
「どどど、どうすんのさ!? 出ちゃう出ちゃう、何か出ちゃうよ~!」
「あらあら~、これはいけませんねぇ~」
「朱雀、もっと力を出してっ!」

四の力が門を閉じようと足掻く。
だが開く門の勢いをとどめるには、こと足りぬが実状。
せめて四獣の力が“揃えば”……あるいは、再びこの門は閉じられるやもしれぬ。

「ううぅ…… あたし、なんで……」

古の頃、我を封じた四獣“青龍”“白虎”“朱雀”“玄武”。
我を封じたことで“四神”と呼ばれ崇められる彼奴等の力は強い。
だがそれも四獣の力が揃ってのこと。
青龍、白虎、玄武の力に比べ、朱雀の力はあまりに惰弱。
巫女の力の未熟故か、朱雀自身が覚醒しきれておらぬのか……
どちらにせよ、今の朱雀は“雛にもなりきれぬ卵”。
四門の開放はもはや防げぬ。

バランスを欠いた力を四門の力場が徐々に飲み込んでいく。
今まさに、完全に四門が開かれた──そう思った矢先、我の前に立ちはだかる者があった。

彼の者は“異質”。

例えば我が“世界に対して”の異質であれば、彼奴は“世界として”の異質。
力の流れそのものが、根本的に“我等”とは異なる者だった。

「なるほど、そういう事か……」

我は唐突に理解する。
彼奴もまた“この世界”には不要な存在。
四門に綻びが生じ、門が開こうとしているのも“この世界”が彼奴を排しようとしているに他ならない。

異質の者は我の視線に気付くと、なぜか柔らかく微笑んだ。
そのまま、力のない朱雀の元に向かうと、そっと手を取る。
とたん、力の奔流が起こった。

「雛がかえったか……」

我は口内で呟く。
今まで対峙していた朱雀とは明確に異なる。

四獣の力が揃う──

さりとて、このままおめおめと再び封じられるわけにもいかぬ。
我は持てる力を振るい、四神共に牙を剥く。
だが同時に、懐かしさにも似た何かを我は感じていた。

終章
開きかけた門が再び、ゆっくりと閉じていく。
 その門の向こう。
 朱雀さまの指し示した光の道を“黒猫を連れた魔法使いさん”はゆっくりと歩いていく。
 あの道の先には、きっと魔法使いさんたちの世界が拡がっていることだろう。
 「そんな世界も見てみたいな」……なんてことも思いながら、あたしは魔法使いさんを見送る。
 魔法使いさんには、いくら感謝してもしたりないくらい。
 だって、あたしは──あたしだけじゃなくて、この世界は魔法使いさんに助けられたんだから。
×   ×   ×
 門がまさに開かれようとしているとき、あたしだけが何もできないことに泣きそうになった。
 申し訳ない気持ちでいっぱいで、ただただ情けなくて。
 どうしてあたしってこうなんだろうって思ったら、もうすぐにでも逃げ出したくなった。
 そんなとき、魔法使いさんが優しく声をかけてくれた。

 『怖がらなくていいよ』

 その言葉に、全身に巡っていた嫌な力が抜けていくのを感じた。
 あたしは心のどこかで、精霊さまの力を恐れていたのかもしれない。
 あたしは探るようにして自分の心の中を見渡す。
 すると今まで見ることのできなかった……ううん、見ることを避けていたところに、あたたかい温もりを感じた。
 きっと、それが精霊さまなんだと……
 あたしはその温もりに手を伸ばす。

 「ようやく、呼んでくれましたね」

 そう、声が聞こえた気がした。


 四神の力が集う。
 唸りをあげながら口を開きかけた門はその動きを止められ、軋みをあげる。
 拮抗する力のぶつかり合い……
 やがてその均衡が崩れ、徐々にではあるが、門が閉じていく。

 その門の向こう──
“黄昏”と呼ばれ、皆から恐れられる者と目があった。
 喜びも、苦しみも、悲しみも……
 その目には何の感情も映さず、何の濁りもない。
 あたしは今まで、こんなに悲しくなるような目を見たことがない。
 再び門が閉じられる。
 ほんとうにこれでいいんだろうか? と、あたしはふと疑問に思う。

「何をしておるのじゃ! 早う手を伸ばせっ!!」

 そんなあたしの僅かな迷いを大声で口にしたのは、皇帝さまだった。
 その目に初めて感情を映す“黄昏”に、ただ一言──

「そなたは妾が受け入れてやる。力一つ御せずして何が皇か!」

 そんな皇帝さまに、魔法使いさんは近づくと優しく微笑み、門に向かって手を伸ばす。
 その様子に、あたしの全身にも力が漲ってくる。

 後はゆっくりと──
 辺りをあたたかな光が包んだ──
×   ×   ×
 「『テウティ・スーシェン』。それが本当のあたしの名前なんだ」

 別れ際、あたしは魔法使いさんに、誰にも伝えたことのない本当の名前を告げた。
 ほんの短い間だったけど、あたしは魔法使いさんに本当の名前を知ってほしかった。
 たくさんの感謝の気持ちとお礼……ううん、あたしはただ“お友達になりたかった”っていうだけだった。
 ホント言うと、もっともっと話したかったし、魔法使いさんの世界の話も聞きたかった。
 けれど、そんな時間の余裕もない。

 「きっと、また会おうね!」

 そんな言葉を叫びながら、あたしは懸命に腕を振る。
 その約束が果たされることは、ないのかもしれない……
 けど、そんなことは関係ない。
 あたしはたいせつな“友達”に向けて、何度も何度も手を振った。
 一滴だけ、あたしの頬を涙が伝った。



 それから、いくらかの月日が流れた。
 あたしは“紅南門”で修行の日々を送っている。
 相変わらず姉妹たちのように上手く力が使えず、あたしは師父に怒られてばかりだ。
 なんでも、あたしの力は予想以上に強いもので、自分自身で自分の力に振り回されていて、精霊さまの力がコントロールできてないのだという。
 まあ難しいことは分からないけれど、修行してればそのうちなんとかなる……のかな?

 朗報といえば……
 四神の力が強くなったおかげで『黄龍』さまの力も安定しているらしく、皇帝さまもいつも通りの平常運転だとのこと。
 ただ、ますます無茶が激しくなったのか、お付きの『麒麟』さんも大変そうです。
 何にしても、巫女の先輩として、あたしも修行を頑張らないといけないなぁ。

 そんなある日──

「その本、とっても貴重な本ヨ。安くしておくから買うヨロシ」

 師父の言いつけで都を訪れていると、瓢箪(?)を背負った奇妙な格好をした女の子が声をかけてきた。
 女の子は懐から一冊の古めかしい本を取り出すと、信じられない速さであたしの手に本を持たせた。
 その本は、あたしも何度か読んだこともある御伽噺だった。
 あたしは懐から小銭を出すと、その本を買い取った。

「毎度ありネ~。きっと良いことあるアルよ~♪」

 ほくほく顔で去っていく女の子を見送りながら、あたしは本のページをめくる。


 金色の風が流れ、世界を黄昏が覆う──
 黄昏は全てを飲み込み、全てを奪う──
 けれど恐れることはない──
 四獣を紡ぐ力が黄昏を祓い、黄昏は暁へと変わるだろう──


 よく聞く物語の一節。
 あたしはそこに、新しい一節を書き加えた。

 ──異世界の“黒猫を連れた魔法使い”とともに──