GateDefenders 目醒めし魔竜と境界騎士団

序章
深緑の大地を颯爽と駆ける風がどこまでも広がっていく。
荷馬車の揺れる音が平原を弾む。旅商人は手綱を引き、ゆっくりと故郷を目指していた。
その途中、見張り塔が高々と立っていた。それは近隣に新しい砦が建てられてから、存在価値を失っていた。

朝の光をさえぎる塔が細長い影を伸ばし、荷馬車を覆い隠すと、旅商人はどこか居心地の悪いひんやりした空気を感じた。
恐る恐る塔の天辺を見上げた瞬間、
――轟く雷鳴。
読んで字のごとく青天の霹靂だった。
見張り塔の上空に突如、黒い稲光が現れ、暗雲を呼び寄せた。
かつてない災厄の刻。訓練されたはずの馬が、飼い主を馬車から振り落とし逃走する。
勢いよく方向転換した馬車から、積み上げられた酒樽が地に散乱する。それすらも気にならない衝撃的な現象。

旅商人は確かに目撃した。

塔の上空で空間が激しく歪み、そこに小さな黒点が現れた。
黒点は徐々に膨張し、やがて人体を丸呑みにできるほどの穴となった。
その穴の内側からウロコをまとった巨大な生物が顔を出し――旅商人と目を合わせた。
旅商人は蛇に睨まれた蛙のように体が硬直。空間の亀裂から現れる魔物との対峙を余儀なくされる。

魔物が亀裂から抜け出ると、隕石が落下したように大地を荒々しく揺さぶった。
それは旅商人の硬直を解き、尻餅をつかせるほど。
余波でも自由を奪われた。ならば当事者なら、あれほどの衝突の後で動けるはずがない――だが、致命傷を負うどころか魔物は、怯むことなく旅商人へと歩み寄る。
刻々と迫る恐怖によって被食者の瞳孔は極限まで開き、捕食者の姿を鮮明に脳裏に焼きつける。
金剛石のように硬いウロコ、肉を引き裂く鋭い爪牙、舌の上で炎を転がす、それは紛れもなく――ドラゴンだった。
死を覚悟した旅商人だったが、ドラゴンの咆哮にそんな思考はかき消され、二度と振り返ることなく平原を激走した。
この一件はたちまち噂となり、この世界――クエス=アリアスを震撼させた。

――ここに、異界の歪みと聞くや否や軍旗を掲げ、大義に殉じる騎士団があった。
人知れず発生する異界の歪み。そこから襲来する魔物の群れを一網打尽にしてきた戦士たち――

『境界騎士団』

その勢力は拡大し、国王が一目置く大組織へと成長を遂げた。

そして今、境界騎士団の存亡をかけた戦いが始まろうとしていた……。

平原の視察から帰還した兵によると、未だかつてない脅威だという。
現時点の戦力では到底及ばないと感じた騎士団長セドリックは、国王に援軍の要請をするために王都に向かった。

その間の指揮を委ねられた副団長のアネモネは、砦を中心に防衛線を張っていた。
ドラゴンたちの猛威に陣形は崩されていく。
それでも使命感と責任感を背負ったアネモネの剣は誰よりも重く、鋼鉄のウロコを切り裂いていく。
激化していく戦場で時折、弱音を吐くこともあったがその反面、期待もあった。
――世界各地の魔道士ギルドがきっと助けに来てくれる。

戦場に向かう魔道士たち。
その中に事態を飲み込めず、足早に歩く〝黒猫をつれた魔法使い〟がいた――

第一章 オルハ
砦の屋上で、オルハは瞑目し、祈りを捧げ続けていた。
たおやかな彼女の風姿は、無骨な砦には似つかわしくない。
だが、境界騎士団の者なら誰もが知っている。彼女もまた、『異界の歪み』に立ち向かう戦士であることを。

目を閉じながら、しかしオルハにはある光景が見えていた。
遠くに建つ古めかしい塔——その上空に開いた巨大な『異界の歪み』。
その『歪み』は、少しずつ縮まりつつある。
『歪み』はもともと、放っておけばいずれ閉じるものだが、オルハの祈りがそれを早めているのだ。

『歪み』の発生を感知する能力と、『歪み』の消失を早める能力。
それこそが、オルハの持つ力だった。

(それくらいしか、わたしにできることはないから……)

オルハはもともと、ある異界の平和な国で王女として生まれ、蝶よ花よと育てられた身だ。
おっとりとした気性の彼女は、温和な王や妃をはじめ、国のみなから愛されていた。

だが、ある日。オルハはとてつもない怖気に襲われた。
何かが来る。何かが起こる。わけもわからず、根拠もなく、ただ確信だけがあった。

そして——『異界の歪み』が現れた。

突如として発生した『異界の歪み』は、瞬く間に世界を食い散らかした。
世界各地に次々と開き、その上、尋常ならざる速度で広がっていったのだ。
オルハは震えた——どこにどんな規模の『異界の歪み』が開くのか、彼女にだけはわかってしまっていたから。

わかっていても、どうすることもできなかった。
やがて世界のすべてが『歪み』に呑まれ、オルハは異界と異界の狭間に落ちた。

そこは、上もなければ下もない、不可思議に歪んだ空間だった。
普通なら、永遠にさまようしかないはずの場所——
だが、オルハは違った。さまよいながら、感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。
出口がある——そう『確信』した方向に、大きな穴が開いていた。

穴に飛び込むと、その先には見知らぬ大地が広がっていた。
それこそがクエス=アリアス——この世界だった。
異界の狭間の出口は、すなわち、この世界に開いた『歪み』だったのだ。

そこでは、『歪み』から現れる魔物と現地の魔道士たちの戦いが演じられていた。
驚く魔道士たちに保護されながら、オルハはもう1つの『確信』を得ていた。
今の自分なら、『歪み』の消失を早められる——その『確信』のもと、オルハは祈り、そして『確信』を現実に変えてみせた。

ここ最近、『異界の歪み』の発生が頻発していることに悩んでいた魔道士ギルドは、オルハの存在を知ると、協議の末、彼女にある提案を持ちかけた。
『異界の歪み』に対抗するには、オルハの能力が必要不可欠だ。
この世界での生活を保証する代わりに、力を貸してほしい——

オルハは、ギルドの要請を受け入れた。
あんなことを繰り返させたくはない——そう思ったからだった。

(滅んだ世界の生き残りとして、わたしは、どうすることもできないことへの恐怖と無念さを知っている……)
祈りながら、思う。
(だからこそ、防ぎたい。今度こそ、防がなければならない!
 今のわたしには、立ち向かえる力があって……志を同じくする人たちがいるのだから!)

オルハは祈り続ける。
『異界の歪み』の消失を——そして、同じ使命を抱いた戦士たちが勝利する未来を。

第二章 セドリック
白銀の鎧をまとう騎士セドリックは、砦の前に立ち、敵軍を見すえていた。

百を超える数の異形の軍勢が、禍々しい怒号と共に進軍してきている。

彼らはこの世界の存在ではない。異界と異界をつなぐ『歪み』から現れた魔物だ。
そして、この世界の存在でないのは――セドリックも同様だった。

「……彼岸を超えて来たれ、忠烈の騎士たちよ!」

叫ぶセドリック――すると彼の周囲に『歪み』が生じ、そこから次々と何かが現れた。
剣だ。
白銀のきらめきを宿す剣たちが、セドリックを守るように出現したのだ。

それは、彼の部下たちの剣だった。

ある異界において、セドリック率いる虹鏡騎士団は、国と民を守るため『歪み』から現れる魔物の群れと熾烈な死闘を演じ――やがて『歪み』に呑みこまれた。
そして、異界と異界の狭間に落ちてなお、魔物たちと延々と戦い続けた……

すべての仲間が息絶えた後、セドリックは、異界の狭間を渡り歩く力を持った女性に助けられ、この世界――クエス=アリアスに降り立った。
そして、2つの事実を知った。
彼女の力を以ってしても、セドリックを元の世界に戻せないこと。
この世界は特に『歪み』が生じやすく、あの魔物たちがたびたび現れること……

それを聞いて、セドリックは『歪み』の魔物と戦うことを望んだ。
『歪み』を監視する役目を負う女性への恩返しでもあり、騎士として抱いた守護の誓いに殉ずるためでもあった。

そして今――彼は、『歪み』の魔物と戦う『境界騎士団』の団長を務めている。

敵が来る。セドリックは泰然として、周囲を舞う剣の一振りをつかみ取る。
異界の狭間で散っていった、勇敢なる虹鏡騎士団の騎士たち――死してなお狭間を漂う彼らの遺志は、セドリックの呼び声に応え、剣となって現れるのだ。
騎士として――民を脅かすものと戦うために。

「秘宝剣・彼岸虹鏡……その凄烈の切れ味をお見せしよう!」

第三章 アネモネ
「陣形を崩すな! 集団戦を維持できれば、我ら騎士団が負ける道理はない!」
先頭に立って剣を振るいながら、アネモネは号令を発する。

戦況は優勢だ。現れる竜を迎撃しつつ、『歪み』へと前進している。
境界騎士団、王国騎士団の精強さは言うに及ばず、魔道士たちの練度の高さがありがたい。

さすがギルドの選んだ精鋭たちだ、と称賛しつつも、胸中には複雑な思いがある。
(本当なら、私も彼らに『呼びかけられる』身だったのだろうか——)
* * * * *

——アネモネは、異界のとある国で騎士団長を務めていた。

騎士たちは、彼女を『お嬢』と呼んでいた。普通なら、団長に対する態度ではない。ただ、陽気で明るい彼らは、きまじめで勇敢なアネモネを気に入り、姪っ子のようにかわいがっていた。

そんなアネモネにとって、同盟国の騎士団長セドリックは生涯のライバルだった。
合同演習を行うたび、対抗意識をむき出しにしたものだ。
だからこそ——彼が『異界の歪み』に呑まれて死んだという報には愕然となった。

驚きから覚める暇もなく、『異界の歪み』がアネモネの国にも出現した。それも、王都の繁華街に。

アネモネたち星楼騎士団は、逃げ惑う民を救うべく、『歪み』から現れる魔物と戦った。
だが、そのなかでアネモネは敵の強打を受け、意識を失った——

……目覚めると、どことも知れぬ城の一室に寝かされていた。
わけがわからずにいる彼女の前に現れたのは、戦死したはずのセドリックだった。

「ここは我々の世界ではない。君はおそらく、私と同様『異界の歪み』に呑まれたのだ。そして、異界の狭間をさまよっていたところを、ある女性——オルハさんに助けられた」
「我が騎士たちは!? どうなったのです……!?」
「わからない。君が『歪み』に呑まれたということは、彼らもおそらく同じだろう。ただ……オルハさんが見つけられたのは、君だけだった」

アネモネは、茫然と脱力した。
騎士たちがどうなったのかは、簡単に察しがついていた。

気絶したアネモネをかばいながら戦い、『歪み』に呑まれ——
異界の狭間に現れる魔物たちと最期まで戦い続けたに違いない。
彼らは勇敢であったから。そして、彼らが自分を守ろうとしないはずはないから……

子供のように号泣するアネモネの肩に、セドリックがそっと触れた。
「——我が騎士たちもまた、異界の狭間で死に果てた。彼らの魂は、いまだ狭間をさまよっている。そして、我が呼び声に応え、剣となって現れる……
 狭間に長くいた君も、私と同様、彼らに呼びかけることができるかもしれない」

「……お願いしますっ!! その方法を教えてください!」
アネモネは即座に頭を下げていた。ライバルに教えを乞うことに、迷いも屈辱もなかった。そんなことより、ただ切実な願いがあった。
「私は……彼らに——彼らに、謝らなければならないのです……!」

——その後、アネモネは、セドリックの教えを受け、騎士たちの魂と対話することに成功した。
そして、ともに戦いたいという騎士たちの願いにこたえ、彼らを剣として召喚しながら戦い続けている。

副団長という境遇に異存はない。今なら、自分の器がセドリックに及ぶものではないと理解できる。
ただ——いつかは、彼よりも優れた騎士にならねばならない。
それが、自分を守って散っていった騎士たちへの手向けとなるのなら。

第四章 エステル
境界騎士団、王国騎士団、魔道士たちの混成軍は、さらに勢いに乗って竜の群れを押し返していく。

アネモネとセドリックが中央の、ロベルトとルートヴィッヒが右翼の先陣を切る。
そして、左翼の先頭に立つのは1人の少女——エステルだった。

「うわっ……!?」
左翼。竜どもと剣を交えていた騎士たちが、思わず悲鳴を上げる。
幾千もの弓兵が一斉に矢を放ったかのごとく、無数なる紅蓮の流星が大地に降り注いだのだ。
だが、流星が彼らを直撃することはなかった。信じがたいことに、それらは竜だけを襲い、その巨体を大地に打ち倒していた。

「ふふん」
その『信じがたいこと』をなした少女は、自慢げに胸を張った。
「あんたたちなんてどーでもいーけど。兵が減ったら、アネモネ様の名前に傷がついちゃうからね〜」

振り向くと、後ろの魔道士たちが愕然となっている。
エステルが精霊を介さず魔法を使ったことに驚いているのだ。
(そりゃそうよね〜)
エステルが使うのは異界の魔法。この世界の魔道士たちとは、魔道の原理が根本的に異なっている。

誰もが魔法を使える異界——高度な魔法文明が発達していたその地において、エステルは天才の名をほしいままにする魔道士だった。
その世界の魔法はすべて極めていたし、彼女を超える魔道士など存在しなかった。

——だが、突如として開いた『異界の歪み』から現れた魔物の前に、彼女の自信はみじんと砕かれた。

魔物たちは、魔法をものともしなかった。エステルが放つ最大の秘術ですら、意にも介さず向かってきたのだ。自らの魔法に絶対の信を置いていたエステルにとって、それはまさしく悪夢だった。

敗北を喫したエステルは、命からがら逃げ出した。みじめさに、涙があふれて仕方なかった。
ただひたすら、必死に逃げ続けて——いつしか彼女は、異界の狭間に落ちていた。そこには、魔法の通じない魔物がひしめいていた。エステルは自分のすべてが否定されたような絶望に呑まれ、立ち尽くすしかなかった……

その絶望を切り拓いたのが——狭間の魔物たちを切り伏せてエステルを救ったのが、アネモネだった。
オルハに派遣された彼女は、数多の剣を操って魔物を撃破し、見事エステルを救い出したのだ。

救われた安堵より、救われたみじめさに、エステルは泣いた。
すると——アネモネは、そんな彼女を真っ向から見つめ、問うた。

「あの魔物たちに負けたのが、無念か」
こくり、とエステルは泣きながらうなずいた。
アネモネは笑わなかった。ただ真摯にこちらを見つめていた。
「私もだ。かつて奴らに敗北し、大切なものを失った」
それでも、と彼女はこちらの頬に優しく触れた。
「無念さに泣いてから、ずっと自分を鍛え続けてきた。必死に。そして今、こうしておまえを救えた。だから——おまえもいつか、己の無念を超えられる日がくるさ」
そして、あどけなく微笑んだ。
その微笑みを、エステルは、ぼうっと見つめ返していた……

(アネモネ様は挫折を知っている。私と同じように)
今となっては、そのつながりを誇らしくさえ思う。
あれから、必死に努力してきた。彼女の魔法が異界の魔物に通じるすべを編み出し、ようやくこうして戦えるようになった。

挫折から這い上がったアネモネ様と同じ道を行きたい——それが、あの日、心を救われてからの願いだった。

「さあ、次の大魔法、飛ばしていくよー!」

第五章 ロベルト
「『異界の歪み』はこの先だ! 一気に敵を押し込むぞ!」
アネモネの声を聞きながら、右翼の先頭で双剣を振るっていたロベルトは、ふと『予感』に駆られた。

予知能力——ではない。しいて言うなら戦士の勘だ。長く修羅場を潜ってきた経験が、『危険な要素』を無意識に察知するのだ。

(……城?)
ロベルトは、平原の隅にぽつねんと建つ古びた城を見つけていた。
使われなくなった古城が打ち捨てられている——それだけのことだ。進行方向上にあるわけでもない以上、気にする理由は何もない。

——が、妙な胸騒ぎがあった。

「ルートヴィッヒ!」竜の1体を切り伏せて、ロベルトは吼えた。「ちょいとあの城、見てくるわ! 後は頼むぜ!」
「は? アンタ、こんなときに何を言って——」
構わず、ロベルトは一気に城へと駆け出していく。

戦況は優勢だ。自分1人抜けたところで戦力的には問題ないと読んでいた。
指揮はルートヴィッヒに任せればいい。
馬を借りるほどの距離でもないし、鎧の重さを苦にする自分でもない。疾風怒涛の勢いで城を目指す。

(今の身分は気楽でいいぜ)
そんなことを思い、ロベルトはにやりとする。

かつて——彼は、ある異界の帝国で将軍の地位にあった。
望んでそうなったわけではない。一兵卒として戦場で剣を振るう方が性に合っていたのだが、他に適任がいなかったのだ。

皇帝が暗愚であり、やれ少数で大軍を蹴散らせだの、やれ堅固な城塞を落とせだの、無茶な戦ばかりを命じてきた。そして、その命令を果たせるのはロベルトだけだった。

副官であるルートヴィッヒが立てた作戦に、大胆不敵な発想を加え、一発逆転の奇策に変える。そして、兵を鼓舞し、自ら先陣を切ることで、綱渡りの奇策を成功に導いてみせたのだ。本人がどれだけぼやいても、彼に将の器があることはまちがいなかった。

そんなあるとき、宮殿に『異界の歪み』が開き、魔物たちが押し寄せた。
強欲な皇帝が、力を求めて古の秘術を使ったらしい。魔物たちは皇帝を惨殺し、城の人間を襲い始めた。

たちまちパニックが起こったが、ロベルトはすぐさま兵らを叱咤し、魔物に対処した。
そして、自らも剣を振るって魔物と戦いながら、気がついた。
『異界の歪み』が閉じかかっており——しかし同時に、奥から相当な『大物』が現れようとしている。おそらく、『歪み』が閉じる前に、こちら側に出てくるだろう。

だからロベルトは、自ら『歪み』に飛び込み、『大物』に戦いを挑んだ。
『歪み』が閉じるまでの間、『歪み』の内側で戦って時間を稼げば、この魔物が外に出ることはない。
むろん、それはロベルトが帰還できなくなることをも意味していたが——まあいいか、というのが彼の結論だった。

ロベルトが最も嫌うのは、自分の配下が理不尽に死ぬことだ。
やりたくもない将軍をやっていたのも、自分がやらねば多くの兵が死ぬからだ。
皇帝の亡くなった今、無茶な命令を下す人間はいない——なら、今こそが、命の使い時だ。
久々に一兵士として暴れ、そして死ぬ。それは甘美な誘いだった。
たまったうっぷんを晴らして逝くのも悪くない、と素直に思えた……

そして、今。

「やっぱ、いやがったな」
——城に踏み込んだロベルトは、広間に竜の姿を認めた。
伏兵というわけだ。こちらが城のそばを通り過ぎた後、背後から奇襲するつもりだったのか。どうやら知能のある竜もいるらしい。

咆哮する竜を前に、ロベルトは双剣を構えて笑う。
境界騎士団に、セドリックという大器がいてくれてよかった、と改めて思う。おかげで自分は、彼に采配を任せて存分に戦える。

「やっぱ——俺ァ、こっちの方が合ってるわ!」

第六章 ルートヴィッヒ
朽ちた城を揺るがして、竜が暴れる。
鉤爪の生えた腕や暴雷の吐息をかわしながら、ロベルトは反撃を叩き込んでいく。

「やりやがる……! こいつァ、腕の1本くらい持っていかれるかもなぁ!」
「そしたら、あなたの戦力、半減じゃないですか」

あきれたような声とともに、青年がロベルトの隣に並んだ。

「ルートヴィッヒ!」

彼だけではない。魔道士ギルドから派遣された魔道士たちが数名、広間になだれ込み、竜を取り囲むように展開する。

「おいおい、おまえが抜けたら右翼の指揮はどーすんだよ」
「それはアンタに言いたいよ。とりあえず指示は出しておきましたんで、しばらくは大丈夫でしょう」
あっさりと言うが、いかに優勢とはいえ、指揮官不在の状況で戦い抜けるようにするのは容易なことではない。ルートヴィッヒは不測の事態に備え、そうした状況下での戦い方を配下に仕込んでいるのだ。

竜が腕を横薙ぎに振るってくる。ロベルトはかいくぐり、ルートヴィッヒは跳躍してかわした。直後、2人の剣が同時に走り、竜の腕を上下から挟み撃つ——そのまま、見事に斬断してのける。

「やっぱいいねぇ、こういう戦は。血がたぎるぜ」
「僕は、血のたぎらない戦の方が気が楽でいいですよ」
「楽かもしれんが、面白くねぇだろ?」
「面白い戦がお望みなら、白鳥の格好でもして戦ってください」
「ニワトリの方がウケるんじゃねぇか」
「そういう話はしてねえよ」

くだらない会話を交わしながらも、ふたりは竜を相手に的確な連携を見せる。
長いこと、同じ修羅場を乗り越えてきたのだ。互いがどう動くかは知り尽くしている。

(もっとも……あのときは、別だったけど)
——宮殿に『歪み』が発生したとき。
『歪み』から現れようとする『大物』の存在を知り、ひとり『歪み』に飛び込んだロベルト——直後、それを見たルートヴィッヒも『歪み』に身をおどらせていた。

『アンタ1人じゃ、時間稼ぎできるかどうかバクチでしたからね。より堅実な作戦にするために来たんです』
驚くロベルトに憮然として告げながら——ルートヴィッヒ自身、意外に感じていた。

彼はずっと、自分には『勢い』が足りないと考えていた。効率的かつ堅実な行動を旨とするがゆえ、ロベルトのように大胆不敵な行動に出られない自分を、ふがいなく思っていた。
だが、あのとき。ロベルトの意図を察するや、身体が自然に動いていた。
「そうせねば」と思った——ただそれだけの理由で。

あれ以来、心なしか余裕ができたように思う。発想が柔軟になったし、時として大胆な作戦を立案することもできるようになった。自分にはないと思っていた『勢い』が、あれをきっかけに身についたのかもしれない。

協力して『大物』を倒した2人は、狭間をさまよっていたところをオルハに拾われた。
そして境界騎士団の存在を知り、参加を表明した。

ロベルトは『楽しそうだから』というロクでもない理由だったが、ルートヴィッヒは、『新たな自分を試してみたいから』だった。

ただ……

「おい、あいつの吐息ウゼぇぞ。なんかうまいもんでも食わせて封じろ」
「じゃあアンタが食われといてください。マズそうだけど」

このバカと話していると——自分が成長したのかそうでないのか、正直よくわからなくなる。

終章
古めかしい塔の屋上で、白い竜が怒りの咆哮を放つ。
それだけで凄まじい魔力が走り、その場に集った面々を強烈に打ちすえた。

「これほどの力を持つ魔物が出てくるとは……!」
背後のエステルをかばい、盾で衝撃波を受けきったアネモネがうめく。
「やはり、この『歪み』……これまでとは違う!」

「だからこそ、我々の『力』で一刻も早く『歪み』を閉じねばならない」
セドリックが凛然と言った。
「そのためには——まず、この竜を討つ!」

その言葉に、集ったみながうなずく。
セドリックら境界騎士団の隊長格と、ギルドから派遣された魔道士たちのうち、精鋭数名。塔に登るにあたって厳選されたメンバーだ。

異界の狭間をさまよった経験を持つセドリックたちは、オルハの力を『中継』することができる。
彼らが『歪み』に接近し、オルハの力を叩き込めば、より早く『歪み』を閉じることができるのだ。
そのために、危険を冒して塔に登ったのである。

「こいつが最後の関門ってわけだ。燃えるねえ!」ロベルトが笑い、
「勝手に燃え尽きないでくださいよ。作戦が崩壊するから」ルートヴィッヒが肩をすくめ、
「こんなザコ、とっととぶちのめしちゃいましょう、アネモネ様!」エステルが意気込み、
「ああ。ここで折れるわけにはいかない!」アネモネが奮起する。
魔道士たちも、それぞれ決意の表情でうなずいている。

「みなの志……頼もしく思う!」
剣を構え——セドリックは、竜の咆哮にも劣らぬ凄烈の雄叫びを上げた。
「多くの命が、我らの剣に懸かっている! ゆくぞ——勇烈なる戦士たちよ!」
天地を震わすような唱和と共に、騎士たちと魔道士たちの全力の攻撃が、竜に集中した——
* * * * * *

——日の暮れた頃になって、セドリックたちは砦に戻ってきた。
誰もが傷つき、疲弊していたが、勝利の高揚感が足取りを軽くさせていた。

砦に入る直前、セドリックが全軍の足を止めさせた。
門の前で、1人の女性が待っていたのだ。

「おかえりなさい、みなさん」
にっこりと微笑むオルハに、セドリックも微笑で返す。
「お出迎え、痛み入ります。オルハさん」

「おかげで、『歪み』は完全に閉じました。みなさん、本当にありがとうね」
オルハの言葉を受けて、境界騎士団、王国騎士団、魔道士たち——激闘を終えた戦士たちは、勇ましくうなずき、あるいは照れ笑いを浮かべる。

「だが、あの規模の『歪み』が、今後も発生しないとは限らない」
セドリックが真剣な表情になって、みなをぐるりと見回した。
「願わくば貴公らには、そのときにまた、ご助力願いたい……」

「そういう話は後でしようぜ、団長」ロベルトが肩をすくめる。「今は勝利を喜ぶのが最優先だろ?」
「そうだね——失敬」セドリックは苦笑した。「どうも私は堅物でいけないね。では、オルハさん……」
「ええ」うなずいて、オルハは一同へ朗らかに手を振った。「みなさーん! 中で勝利の宴を準備していますよ〜! もう、好きなだけ食べていってくださいね〜!」
その言葉に、待ってましたとばかり、盛大な歓声が上がった。


境界騎士団と『異界の歪み』。その戦いは、いつ終わるとも知れない。
だが、彼らが剣を折ることはないだろう。
『歪み』と戦い続けることこそが、彼らにとっての確かなる誇りであるゆえに。