ジェニファーの大冒険 -目覚めし悠久の女王-

序章
ここの世界には、およそ千年ほど前に、文明そのものがリセットされるレベルの天変地異が連続して起きたという過去がある。
しかしながら人類はしぶとく生き延び、海中や地中に没した文明のカケラを掘り起こすことで生計を立てていた。

だが、その文明のカケラは我々の想像を絶するものだったのである。
優れた魔法技術、見たこともない機械、用途不明の生体マシン、そして魔獣……。
掘り返せば掘り返すほどに現れる驚異的な物品の数々は、天変地異を生き延びた人々にその後を生きる活力と方法を与え、それらを探す人々に「冒険」と「探求」を与えた。

そう、ここは冒険と探求のある異界。
ここにはその名の通り冒険と探求が眠っており、人々はそのフタを開き未知なる知識への扉を開かんと躍起になっていた。

ジェニファー・アボットという少女もその一人である。
優秀な考古学者の母と伝説的なトレジャーハンターを父に持つ彼女は、両親の意向により宝探しとは無縁の人生を送ってきていた。
だが、彼女の血統はそれを良しとしない。彼女は偶然訪れた遺跡で、自らの内に眠る探索者としての血が湧き上がるのを感じた。鳥籠の中のような生活で、時間を潰すために読んでいた母の持つ資料、そして寝物語に聞かせられた父の冒険譚は、自然と彼女の中に根付いていたのである。
彼女は母親譲りの知識量を以って猛烈な速度で碑文を読み解き、父親譲りの行動力で次々と遺跡の秘宝を発掘した。

今では名実ともにトレジャーハンターとなった彼女は、今回「パトラ」という古の術者の秘宝を追っている。
さあ、君もジェニファーと一緒に探求の扉を開こう。
そして、まだ見ぬ大冒険へと旅立つのだ!

第一章 突撃冒険娘 ジェニファー・アボット
この世界での私達みたいな人たち……つまりトレジャーハンターは、だいたい3種類に大別される。
ひとつは、換金目的。私自身も活動費を捻出するためにお宝を売ったりはするけど、それが目的になっている人たち。
もうひとつは、学術目的。新たな発見をして、それの研究で資金を集めて、次の発見につなげていく。私の両親はこれにあたるのかな。
そして最後に、冒険目的。とにかく知らないもの・ワクワクするものを追い求め続ける人たち。

で、私がトレジャーハンターをやってる理由は、最後に説明した冒険目的……いや、私の場合は冒険中毒って言い換えてもいいかな。常に何か追いかけてないとウズウズして他に何も手につかなくなっちゃって、結局遺跡とかお宝追いかけちゃうんだよなぁ。
カルディアには口酸っぱく言われてるんだけどね、そんなんじゃ将来お嫁にいけなくなるデス、って。

でも、気になるものは気になるんだよね。
この遺跡は一体いつ頃作られたんだろう、何のために作られたんだろう。どんな仕掛けがあるんだろう、何が隠されているんだろう……絡まった糸を少しずつ自分の手で解きほぐしていくような、あの何とも言えない高揚感!

それに、遺跡探検をしているといろんな出会いもある。メーディウムに初めて出会ったのはガルガーニュの砲塔遺跡で盗掘者と銃撃戦をしてる時だったし、バーゼラにある機械塔ではカルディアを見つけることができた。ちょうどカルディアを運び出すところでカンパニューラとアトスに知り合うこともできたし、きっと冒険や探検をしてなかったら、今回の旅に同行した皆とは会えなかったと思う。

パトラの秘宝を追っていくうちに仲間になった二人--シャーノとネームレスも、今ではメーディウム商会の立派なメンバー。
ネームレスはあの見た目だし、商会が危ない橋を渡る時にはいつも用心棒になってもらってる。
シャーノは料理に興味を持ったみたいで、今では台所の主と言っても過言じゃない。
……ただ、シャーノはあの格好でエプロンを着けるもんだから、メーディウムがデレデレなんだよね。それをカルディアとネームレスが怒るのが毎日の日課みたいになってる。時々カンパニューラも混ざるもんだから、もう商会は大騒ぎ!

毎日が楽しくて、騒がしくて、息つくヒマもないくらい。

……ただ、私は時々、ポケットの中にある黄金のピースを手に思い出すんだ。
あの黒猫を連れた魔法使い……お宝くんのこと。

ねえ、お宝くん。聞こえてるなら、聞いていて。
もう一度出会えたら、きっともう一度一緒に冒険をしよう。
危ないことにもどんどん首を突っ込んでいこう。
きっと君と一緒なら、私はもっと先へ行ける。そんな気がするんだ。

……危ない橋は避けて通れ、なんて言葉があるけどさ。
私達、そもそもそんなガラじゃないじゃない?
果物の皮と身の間が美味しいのと同じように、冒険と危険がいっぱいの、ギリギリのキワキワを攻めるのが面白いんじゃん?

もっともっと、いろんな冒険をしよう。たくさん探検しちゃおう。
ワクワクしなきゃ、生きてる意味なんてないじゃない?
私達には、きっとそれが似合ってる!

また近いうちに、冒険に行こう。
待ってるから、ずっと!

第二章 鷹の目の双銃 メーディウム・ブート
航空日誌:xxx年 xx/xx

俺、少女、ロボ、骨、そして褐色美人。
以上! これがメーディウム商会のメンバーだ。

--と、他の運び屋連中に紹介したところで、ドタマの健康度を疑われる以外に特段メリットもないことから、俺は聞かれなきゃ言わないことにしている。
……いや、商会のメンバーが増えたのは喜ばしいことではあるんだが、こうも面白おかしいメンツになるとは思ってなかったよ。

つい数ヶ月前まで、俺はうだつのあがらない底辺の運び屋だった。
金持ち連中のよくわからない荷物をハイハイ言いながら行ったり来たりして運んでただけで、立派に監察官として働いてるカンパニューラには軽蔑され、同業者には「何でも屋メーディウム」とかバカにされたり……あー、思い出すと胸クソ悪くなってきた。

とにかく! アレだ! ジェニファーだよ。アイツが俺にツキを運んできてくれた。
遺跡の壁と床一面にある、何が書いてあるかサッパリわからねぇ碑文の中から、ピタリとパトラに関する碑文を引っ張ってくるあたり、あいつには天性のカンがある。俺にはわかるんだ。

アイツと出会ったのは、ガルガーニュの砲塔遺跡に廃品探しに来た時だったっけな。胸もちいせえ小娘のクセして、10人以上いる相手に向かって、「それは私が最初に見つけたお宝だー」とかなんとか言って暴れてんだぜ、笑えるだろ。
あの時は俺の二丁拳銃が火を噴いて事なきを得たんだが……ホントだぜ? 俺、銃の腕はそこそこあるんだよ、マジで。ウソじゃねーよ、ホントホント。

しかし、パトラの遺跡では焦ったな。遺跡に入ってすぐ意識を失ったジェニファーとシャーノと--あとあの魔法使いを引きずって最奥まで着いたと思ったら、いきなり閉めだされて魔物の群れに襲われちまった。
カルディアとネームレスが居てくれて助かったけどよ、一体あの時、ジェニファーたちに何があったんだろうな。
気づいたらポケットの中には黄金のパズルが入ってるし、本当にアレがパトラの秘宝だったのかもわからん。

……ただ、まぁ。言えることといえば、だ。

褐色美人は最高だってこと。そしてその褐色美人がエプロンを着けて台所に立っているってのはもっと最高だってことだ。

よし、腹減ったな、メシにしよう。今日はシャーノ謹製のポトフだ。

p.s.
ネームレスは女だった。マジかよ。

第三章 重乙女超兵器 カルディア・セブン
整備記録 再起動からxxxxxxxxx秒 総合メンテナンス296回目

はいはい、システムオールグリーン。
各関節も異常ナシ、レゾルバ、ジンバルともに異常ナシ、まったくもって問題ナシ。
……まあ、そもそもこの地の文明では当機に対して何ら危害を加えることできないデスし、メンテナンス自体ムダなような気がしないでもないデスケド。

それにしても、パトラの遺跡は不可解なコトが起こりすぎていたデス。
人造精霊が出てくるわ、ホネは動くわ、挙句の果てに”フレンドシップ”が最も大切な宝だとか、正直チャンチャラおかしな話デス。この世界で通貨へ交換出来ないモノが高価だなんて、ニンゲンはやっぱりよくワカラナイデス。

ジェニファーとメーディウムも、どうして平気な顔して人造精霊とホネと暮らせるんデス。
魔力紋から二体ともパトラの縁者であることは間違いないデスし、話によればジェニファーはパトラに私達が死ぬという”デイドリーム”を見せられたトカ。そんな奴の制作物デスヨ? シャーノにどんな”トラップ”が仕掛けられているかわかったもんじゃナイデス。
それにあのホネ、最近メーディウムに対してやたらベタベタしてますデスし、正直気に入らんデス。ホネのクセに。

……当機は大丈夫デスヨ、まったくもって問題有りマセン。兵器な顔してマスシ、そもそも兵器デスシ。”ジェラシー”的なそういう感情は特にナイデス。ハイ。

そういえば、ジェニファーは理解しているんデショウカ? あの人造精霊--シャーノのコト。
確か、あの時シャーノと一緒にいたのは、同じく人造精霊の『守り人』ファサール。
そうなれば、あの子はいずれ…………censored。
ヤメましょう、暗い話ハ。

ただ、仲良く”トーク”してる二人を見るたび、当機はその真実を伝えて良いのかどうか、わかりかねマス。
既に壊れることが分かっている関係を、これ以上存続させることに意味があるのかどうか、わかりかねマス。

……人間社会では儚く、壊れやすいものほど高価でウツクシイと評価される傾向にありマス。
パトラの遺跡で手に入れたのは、”フレンドシップ”という最も大切な宝デス。
パトラはわかっていたのデショウカ。彼女たちの友情が、ほんの短い時間で終わる、儚く、壊れやすいモノでアルト。

……まあ、当機には関係のないことですケド、ネ。

第四章 永久不壊の鎧鉄 アトス・ノヴァ
監察日誌 xx/xx 記載者:アトス・ノヴァ

・ジーデンラールの城塞遺跡にて盗掘者12名を逮捕
・北城サムゴーラでの調査任務開始 『守り人』ニルーレル撃破、遺跡の安全レベル確保
・ピディアン砦遺跡の調査任務開始 『守り人』ファウア撃破、遺跡の安全レベル確保

……えーと、今日の成果はとりあえずこんなところかなぁ。
やっぱり普通の『守り人』はやっつけるのが楽だなぁ、罠みたいなもんだし。
わかりやすい怪物のカタチしてるから、私の鎧鉄(がいてつ)も活躍できるし、カンパニューラ先輩の散弾砲も全力出せるしね。

未登録遺跡の『守り人』を退治して、後からくるトレジャーハンターたちの安全確保をする、そして未監察の遺跡を荒らそうとする盗掘者をひっ捕まえるのが、私達監察官のしごと。
安全確保できてない遺跡は単純に危ないだけじゃなくて、調査が終わってないし貴重なお宝を台無しにされちゃう可能性があるから、本当は探索が禁止なんだけど……ジェニファーちゃんみたいにトレジャーハンターの人たちは無鉄砲なのが多いからなぁ。
でも、ちょうどこの間のパトラの遺跡……えーっと、あれは『守り人』ファサールの居た遺跡だったっけな。あんな感じでトレジャーハンターの人たちと共闘することも多いんだよね。

そういえばジェニファーちゃんたちは元気かなぁ。
カンパニューラ先輩は「あいつらは殺しても死なないから放っといても平気」って言ってたけど、ちょっと気になることがあるんだよね。

……彼女たちと一緒にいた、あの黒猫を連れた魔法使い。あとシャーノっていう女の子。
確か、パトラの遺跡は「他の世界の魔力」で動くっていう碑文の解読報告書が出てたはず。それにあのシャーノって子、たぶん『守り人』と似たようなもんだよね。
黒猫の魔法使い(便宜上こう呼ぼうと思う)が仮に「他の世界の魔力」を使って何かをしたとして、それでシャーノちゃんが生まれたとしたなら。

この世界の魔力では成し得なかった何かを、パトラはあの遺跡でやろうとしてたんじゃないのかな。

……なーんて、学者でもない私が推測しても、なんにもなんないよね。カンパニューラ先輩に怒られちゃうし、そろそろ仕事に戻りますか。
鎧鉄のメンテもまだだし、頑張らなきゃなぁ。

なんだか久しぶりに先輩のポトフが食べたくなってきた。今度おねだりしてみよう。

第五章 百発千中の カンパニューラ・ブート
個人的日誌 xxx年xx月xx日

ジェニファーとシャーノを見ていると、仲の良い姉妹を見ているようでとても微笑ましい。願わくば私とメーディウムの兄妹仲もこうありたいものだと思うが、あの馬鹿兄貴が相手だとしたら、慈愛の女神であっても青筋立ててキレるだろうと思う。主に女性関係で。

昨日アトスとカルディアの協力もあって、パトラの遺跡の調査がほぼ終わり、あの遺跡に何が秘められていたのかがおおよそ分かった。基本的には人造精霊や人工生命の研究が魔法ベースの技術体系で行われていたみたい。その内容の実態は詳しい研究者を呼ぶかどうかしなきゃよくわからないけれど、大きな意味で「あまりよろしくない実験」をしていたのは間違いない。
地下にあった遺体入りのガラス瓶の山は後続部隊に何とか処理してもらおうと思う。

てっきりあの子のことは普通のニンゲンだと思ってたんだけど……シャーノ自身が作られた存在、っていうのはあんまり想像したくない現実よね。
何一つ普通の人と変わり無いんだもの、笑ったり泣いたりはもちろん、喜んだり悲しんだり、普通にお菓子食べたり飲み物飲んだりできるし、人として不自然なところは一切無いと言い切れる。
今こうして見ても、パトラの作った命には一縷のスキも無いように思えた。碑文や文献にもその偉業の記録はあるし、パトラの技術や知識が本物だったということの裏付けにもなる。

……けれど、その命には問題があった。稼働時間が普通の人と比べると極端に短い、という欠点。克服できないその極めて重大な欠点は、生涯を研究に費やしたパトラを容易に諦めさせた。
若き優秀な魔術師は、絶望の果てに自らの命を断ったのである。

話を聞くところによると、ジェニファーは遺跡でパトラに会ったと言っていた。その言葉が本当だとするならば、パトラは永遠の命を手に入れたということになる。その技術を応用し、あの三人を創りだしたとしたならば……。

まだ時間はある。方法はあるはずだ。
危ない橋を渡ることになったとしても、ジェニファーを--可愛い妹分を泣かせないために、私は今できることをやろうと思う。

神様が決めた運命だろうと、最後の最後まで足掻いてやる。
シャーノが消える、その時まで。

第六章 偶像審判 イサール・パトラメセス
イサール・パトラメセスは深い暗闇の奥底で考えた。

自分の生まれた理由はある程度理解しているつもりだった。
遺跡を守護する、という大きな目的はあるにせよ、イサールはその先については一切考えることをしなかった。
なぜなら、彼女にそれ以上の機能が無かったからである。

体内にあるパトラから与えられた魔力の総量は数日分。それを消費し尽くしさえすれば、彼女は『守り人』としての役目を終え、再び新しい『守り人』として再生産される。
彼女はそんな循環を、特に何かしらの疑問も持たずに繰り返してきた。

だが、消えては生まれ、生まれては消えるその繰り返しの中で、彼女はついに新しい可能性を理解するに至る。
シャーノ・パトラメセスという存在。自らとは全く違うカタチで作られたその少女に、イサールは生まれて初めて羨望に近い感情を感じた。

彼女は「終わること」を念頭に作られたものらしい。ずっと終わることのない繰り返しの中に居るイサールは、「終わること」ができるシャーノを羨ましいと思った。長く長く続く、守り人としての生き方は、イサールに大きな疲弊を強いていたからだ。

イサールは思う。シャーノのように終わることが決まっていさえすれば、自分はもっと時間を有意に使っただろう。無限に転がる時間というものを、もっと慈しんでいただろう。

「……ああ、久しくファサールとも話をしていないな」

彼女はそう思うと、新しい繰り返しの輪へと自らを投ずる。嘆かわしいことに、彼女に終わりが訪れることは無い。
そして、この気持ちすら、おそらく新しい繰り返しの中で消えていくだろう。意識の扉を閉じ、イサールは再び闇の奥へと落ちていく。

願わくば、次の繰り返しも滞り無く全うできるように。
そして、一度で良いから、シャーノのように終わりを迎えてみたいと、叶わない願いに思いを馳せながら。

第七章 空虚幻影 ファサール・パトラメセス
ファサール・パトラメセスは淡い光の中で独考する。

パトラの姫であるシャーノを送り出せたことで役目を終えた彼は、パトラの創りだした閉じた円環の中に戻って来ていた。
はるか遠くから溢れ出てくる、美しい光の奔流が全身を貫いていく。きらびやかで現実感のない景色を眺めつつ、実体の無い彼はその光に流されながら再生の時を待っていた。

「ファサール」
聞き慣れたが、初めて聞く声が聴こえる。振り返ると、そこには同じくパトラに創りだされた存在のイサールが居た。
「お前かイサール。久しいな」
「以前再生した時とは役目が変わってね。今ではそれも終わって晴れて自由の身よ」
「……自由の身か」
ファサールはその言葉にシャーノを重ねる。パトラとの主従関係があるにせよ、何度再生したとしても死ぬことのない自分。対してパトラから開放された代償として、ほんの僅かの定命を与えられたシャーノ。
(果たして、どちらが自由なのだろうか)
だが、答えの出ない問いを、ファサールはすぐ頭から振り払う。先ほどの例であれば、どちらにせよパトラの手からは逃れられていない。
「……仕方ないとはいえ、結局は我が主の手の内というわけか」
「いいじゃない、別に誰の手の上でも」
自嘲を含んだファサールの言葉を、イサールは一蹴する。彼女は不機嫌そうに足を組むと、ファサールと同様、光の奔流の中でふわふわと漂ってみせた。
「何故だ、イサール。我が主の手から巣立った姫を羨ましいと思わないのか」
「置かれた場所で咲けってことよ。境遇を呪っても、何も生まれないし」
「……!」
イサールの言葉に、ファサールは存在しないはずの体が震えた感覚を覚えた。
「……驚いたな、口を開けば文句ばかりのお前が、そんなことを口走るなんて」
「アンタこそ、らしくないわよ。今日はやたらと喋るじゃない」
彼女は変わった。それがいつからなのかは解らないが、それはファサールにとって大きな変化に思える。
「俺も、姫に会って変わったのだろうか」
「さあね、次に期待しましょ」
「次、か。……次は、いつになるんだろうな」
ファサールはまばゆい光の海に向かってつぶやく。その答えを知るものは、何も答えてくれない。

第八章 名と生命を持たぬ守護者 ネームレス
剣を手に入れて182596日目

シャーノが風邪をひいたらしい。
どうやら熱があるようだ。冷えた我輩の手が気持ち良いと言っていたので、寝ているシャーノの額に数時間手を置いていた。そりゃそうだろう、骨だけである。

我輩は随分前に風邪をひいてから今まで健康体である。付け加えればそもそも我輩に熱は無いから、平熱だとか微熱だとかいうのも、もう記憶の彼方であった。

……ただ、こんな時に一番の薬になるのが、友人の存在であることくらいは覚えている。慌てて知っている医師たちに連絡を取ったメーディウムや、ポーカーフェイスではあるものの気配りを忘れないカルディア、そして休むこと無く看病を続けるジェニファー。仕事の合間を縫って会いに来てくれるカンパニューラやアトスも、シャーノのことをいつも心配している。
……シャーノは良い友人を持った。
だからこそ、彼女の異変を我輩は皆に伝えるべきだと思った。

我輩の剣はパトラが創りだした罠のひとつだ。永遠の命を与えられる代わりに、永遠の守護者としてこの剣を守り続けなければならない。だが、その副産物というべきか、剣を手にしたことによる副作用なのか、我輩の感覚はパトラの縁者に対して極めて敏感である。

即ち、我輩はシャーノについて彼女自身よりもよく理解しているということ。彼女は我輩に似ている。死ぬことは無く、パトラの生み出した循環の中には戻ることが出来ない。そして終わりを迎えれば、消えるだけだ。
彼女はごく近い未来……数日で消えてしまうであろう。彼らが戦ってきたというイサール、ファサールと同様に。

永遠に生きることと、死んだ後に何も残らないのは、全く違うようで恐ろしく似ている。
愛した者と、愛する者達と、そして愛してくれた者達と、永遠に違う道を歩むことになるのだ。

……こんなに、悲しいことはないわ。こんなこと、繰り返していいわけない。
あなたには、短いかもしれないけれど未来がある。その未来で、その先の運命を変えましょう。
私には名前も命も無いけれど、剣を取るための手はまだある。未来に伸ばす腕がある。
骨だけになった空っぽの私でも、きっとできることがある。
そう、信じさせて。

第九章 感情と生命を持たぬ匣 インゴルト
パトラの遺跡 調査日誌28日目 調査員:xxx

パトラは、生命の研究を行うにあたって、3つの大きな壁にぶち当たった。
第1に、製法の壁。
そもそも荒唐無稽な目標であるということに疑いの余地はない。しかしながら旧時代の突出した科学・化学・魔法技術に於いて、それは「実現するのではないか」と思われたはずである。

第2に、容れ物の壁。
創りだした生命をどう保存するかについては、様々な試作が行われたようだ。内容については割愛するが、様々な素材や方法が試され、その上で満足の行く完成品は得られなかったという。

第3に、時間の壁。
創りだした命自体、そもそも強度を持っていなかったのだ。早い時は数秒、長くても数ヶ月というその寿命を克服する方法は、最後まで見つからなかったようだった。

頓挫した彼女の研究は、誰にも引き継がれることなくこの遺跡で眠っている。

インゴルトという宝の中で。

……否、「これ」は宝というよりは、ひとつの閉じた世界と呼ぶべきだろう。
彼女は死没に至る少し前に「精神と肉体の分離」「精神のみの長々寿命化」に関しては成功していた。現在でも動いている警備マキナなどはこれにあたり、奴隷の精神を人形に移植して今も使用している。

つまり、パトラは死没から今に至るまで、休むこと無くこの中で研究を続けてきたということ。
その時間およそ1000年。稀代の天才であるパトラはこの長い時間をかけ研究を繰り返し、そしてとうとう諦めてしまったのだろう。

そうでなければ、この遺跡がここまで朽ちているはずがないし、今でもパトラはここで研究を行っているはずである。
……やはり、人造の生命など夢物語なのだろうか。どんな技術を使ったところで、人は神になどなれないということなのだろうか。

明日も調査が続く。気を落とさないようにしたい。

第十章 夢幻泡沫の女王 ネフェルト・パトラ
ここまで概ね予測通り。
ジェニファー自身の全体的な出来は及第点、周囲の知識も含めれば重々合格点じゃないかしら。
この世界以外の魔力にもバッチリ反応したし、やっぱり生涯でこの仮説に辿りつけられなかったのは、ちょっと悔しい気持ちもある。

時代に関しては、少しだけ理解が追いついていない。おそらく私の没後1000年くらいは経過しているとは思うが、未だに人類はしぶとく生き延びている。技術に関しては、もう少し成長の余地があるように見えるが、未だソレが必要とされる場面は多くなかった。
ジェニファーという探検家は、良い仲間を連れていた。

私が生命の探求を始めたのは、確か娘を亡くしたすぐ直後だった。
自分から生まれた幼い命がその短い時間を閉じた時、私はふと、この子をすぐに作り直してやろうと思った。だって、あまりに勿体無いじゃない。こんなにおもしろい世界を知らずに死ぬなんて。
長い時間はかかったけれど、研究は概ね成功した。シャーノは……私の娘は、無事にもう一度この世界に生を受けることができたのだ。会うことが出来ないのが少し難儀だけれども、子供より親は先に退場しなくちゃね。
ネームレス、イサール、ファサール、インゴルト。
この4人にも随分と苦労をかけた。特にネームレスは元人間だったことから、すまないことをしたと思っている。

でも、それを掛ける価値はあった。あの子は私の最高傑作。イサールやファサールたちとは違って、シャーノは自分の体に閉じた円環を持っている。そして、思いがけずこれが、私の探していた「生命」なんだという真実も。

思い返せば、母親らしいことは何一つやってやれなかった。普通の母娘は何を喋るものなのか私は知らないし、そもそも母親としてシャーノに対する役割を私自身が持っていたかどうかもわからない。

ただ、これだけは強く、自信を持って言える。
「ワクワクしなくっちゃ、生きてる意味なんて、ないわよね」


……それに、自分の物語はハッピーエンドじゃないと、面白くないでしょ?

第十一章 夢幻の姫君 シャーノ・パトラメセス
ジェニファーへ

まず何から書き出せばいいのかわからないけれど、とりあえず結論から書きます。
私、もうすぐ消えてなくなっちゃうみたい。

急にごめんね、色々話そうとは思ってたんだけど、毎日楽しくて、話すタイミングがなくって。
私が作られた生命だってことは、きっとジェニファーも知ってるよね。カンパニューラによれば、そろそろ限界が来てるみたい。何日か前から指もうまく動かないし、胸の奥にある何かが、少しずつ消えてなくなっていくのを感じるの。

だから、指が動くうちに手紙を書こうと思って、これを書いてます。
ちょっと照れくさいけど、笑わずに聞いてね。

ほんの少しの間だけれど、あなたたちと過ごせて、本当に楽しかった。
朝起きて、夜寝るまでの間に、いろんなことが目まぐるしく変わっていって、その全部が新しくて、愛おしくて。
終わりが近くなればなるほど、その気持ちは大きくなっていって。
今ではもう、怖くなっちゃうくらい。
みんなとの思い出もいっぱい出来て……本当に、本当に、この気持ちをなくしてしまうのが、怖くて仕方がないの。

ジェニファー、私を遺跡から連れてきてくれてありがとう。きっとあの時、あなたが連れだしてくれなかったら、パトラからもっと早く終わりを与えられていたと思う。それだけでもあなたは私の命の恩人だし、今では唯一無二の親友。本当に、あなたに出会えてよかったと思う。

メーディウムは少しスケベだけど、危ない時はいつも皆の盾になってくれるし、困ったときは絶対に助けてくれる。私にお兄ちゃんはいないけど、本当のお兄ちゃんみたいだった。

カルディアはね、ああ見えてすごく面白いんだよ。この間はヘンテコな変形して私を笑わせてくれたし、ジョークも上手。素直じゃないのが玉にキズだけどね。

ネームレスはああ見えてすごく博識なんだよ。詩とか、昔の歌劇に詳しくて、もう残ってない文明の歴史なんかを色々教えてくれた。もっともっと、いっぱい話を聞きたかったな。

アトスは、私の作った料理をいつも美味しそうに食べてくれる。仕事をサボってお菓子を食べに来てくれた時もあったっけ。本当に美味しそうに食べるから、私も作りがいがあったなぁ。

カンパニューラはね、すごく優しいの! 料理のレシピ集(かわいい字の手書きだった)をくれたし、お菓子の作り方もいっぱい教えてくれた。レシピを全制覇したかったけど、ちょっとむずかしいかも。

……私はね、ジェニファー。
未来に幸せが待っていたとして、それに手が届かないとしても、悔しがったり怒ったりしないよ。

私が行けない場所へ、きっと皆は行けるから。
でもね、そんな皆を送り出すことができるのは、ここで終わる私だけ。
すごいでしょ?
生まれて間もない私だけど、きちんとできることがあるんだから。
料理だっていっぱい覚えたし、お菓子だって最近挑戦中!
特にジェニファーが大好きなカンパニューラ直伝のポトフは、特に完璧! レシピは頭に入ってるし、今なら目を瞑ってでも作れるかも。

よかったら、今度好きなお菓子とか教えてほしいな。
もし、万が一奇跡が起きたら、とびっきり美味しいのをごちそうするよ!

さよなら、ジェニファー。

またきっと、冒険に行こうね。

シャーノ

終章
航空日誌 メーディウム商会加入、記念すべき1日め! 記載者:シャーノ

いやはやお騒がせしました。ただの風邪だったようで……。
生まれてこのかた風邪なんてひいたことないし、そもそもこれが風邪だっていう予備知識なんかも持ってないし、焦って色々書いてしまったのが今ではもう若干恥ずかしくてあーもう消してお願いだから……!

メーディウム、次私の手紙のことで笑ったら殴るからね。グーで。

……パトラのこと、本当に信じてもいいのかな。あんな遺跡のオーナーだったわけだから、そのくらいの実力はあると思うんだけど……。
それに、パトラが居た、ってことは、私にはお父さんも(存命かは置いておいて)いるってことになるのかな。家族かぁ〜、どんなんなんだろう、実際に会ってみないとイメージつかないよね。私自身としてはアトスの鎧鉄とかネームレスなんかはわりと好みなんだけどなあ。

そういえば、今日の朝に熱が落ち着いた時、一番親身になって喜んでくれたのはネームレスとカンパニューラだったっけ。カンパニューラの泣き顔可愛かったなぁ、あとでアトスに写真送ってもらおうかな。遺跡の写真撮るのはよくやってるし、アトスならきっとカンパニューラの写真をなにも言わずにゲットしているはず。

気になって今アイ・コンタクトで確認を取ったらアトスはニヤッと笑ってた。グッドですアトス!
大事にしよ。

……そうだ、今度はメーディウムとジェニファーにお願いして、お父さんでも探しに行ってみよっかな?
なにせ、私はパトラの娘なんだもの。きっと出来ないことだなんて、あんまりないと思う。
せっかくお母さんが用意してくれたこの体だもの、めいっぱい使ってあげなきゃ、勿体無いじゃない。

ね、ジェニファー!