異空間野球 黒ウィズPRIDE

序章
魔力が満ち、普遍的に魔法が存在する、とある異界。
あらゆるものに魔力が用いられていたその世界では、生活の一部から娯楽に至るまで、余すところなく魔法が応用されていた。

特に、古くから伝わる「とあるスポーツ」は、魔法と特に親和性が高かったとされている。

灼熱の魔力をボールに込め放つ魔球……
棍棒の一振りで無数の雷光を照射する魔力打法……
あらゆる攻撃を無効化する風を使った防御術……

そう、「とあるスポーツ」とは「野球」。
様々なテクニックは魔力を付与することで強力な魔法となり、いつしかそれは競技として世界に広まるに至った。

魔力を使った野球は、あらゆることが可能になる。
「消える魔球」はもちろんのこと、「ジグザグに曲がる魔球」、「燃える魔球」……
そんなロマンに満ち溢れた技の数々は観客を魅了し、連日スタジアムには多くの人が詰めかけた。

――そして、今日。
魔力をふんだんに用いライトアップされたスタジアムで、世紀の一戦が始まろうとしていた!

魔人球団と揶揄されるほどに強く、結成以来無敗を誇るチーム「ストライクメイジャン」
対するは、女子選手を中心に結成された弱小チーム「ソルシエールマカロンズ」

スタンドには満員の観客が並び、試合開始を今か今かと待っている状況だ。

なぜこの試合がここまでの注目を浴びるのかについては理由がある。
発表された内容によれば、「挑戦者」とされるのは最強の魔人球団「ストライクメイジャン」だったのだ。

なぜ結成以来無敗の最強チームが、無名の弱小チームへと挑戦状を叩きつけたのか。
そしてなぜその弱小チームは、最強チームの挑戦を受けたのか。
謎に満ちた試合の行く末をひと目見ようという人々が、スタンドをさらに埋めていく。

果たして、ストライクメイジャンの意図は!?
果たして、ソルシエールマカロンズに対抗策はあるのか!?
そしてこの勝負の行方はいかに!?

運命のゲームが、今、開幕する!

第一章 フランシスカ・イステル
――最後に全力で投げたのは、いつだったっけ。
そんなことを考えながら、私は握ったボールの縫い目を親指で撫でた。

魔法と野球で成り立ってるこの世界で、ヒーローになるには条件がふたつある。

ひとつ、「強力な魔力を持っていること」。
そして、もうひとつ……「その力を自由に操れること」。

ひとつ目の条件については、私は恵まれた部類に入ってるという自覚がある。
同じ年頃の選手で、私に敵う魔法使いはそうそういない……はずだ。
だけど、「神様は2つ与えない」という言葉があるように、
私には魔力を操る才能がからっきしなかった。

ゼロか、全力か。
私には、いつもそれしかない。

――全力を出せ、それしかできないのならな。

私が泣いていると、先生はいつもそう言って慰めてくれた。

でも、成長とともに強くなっていく自分の魔力が、大好きな野球を遠ざけているような気がして……
私はいちど野球をやめようとさえ思った。

――アンタの球を受けられる奴は、このチームにはいないわ。

マーゴットからそう言われた時、私は目の前が真っ暗になったっけ。
大好きな野球で、大好きなピッチャーを続けられないなんて。
……でも、そんな心配ももう終わり。
私は今、スタジアムの真ん中に――マウンドに立っているんだから。

打席に立つ敵チームのバッターが、私に向かってヤジを飛ばす。

「へっ! 小娘の投げる球なんざ、場外にぶっ飛ばしてやるぜ!」

……そうそう。対戦相手が私だとわかった時、だいたいみんなそう言うんだ。
まあ、仕方ないよね。相手は攻撃、私は守備なんだもの。
……でも、攻撃は最大の防御って言うじゃない?

(それに私、挑発されると燃えるタイプなんだよね!)

おしゃれな黒猫を連れた私の相棒が、小さく私にサインを送る。
私はひとつ頷いて、ミットの下で笑顔を作る。
オーケー了解。全力出すのは大好きよ!

手のひらよりもすこし大きなボールの縫い目を、私はゆっくりと親指で撫でた。
両手を大きくワインドアップ、いつものリズムで深呼吸。
左足を高く上げて、握ったボールに魔力を込める。
ミットの中で青く輝く、私だけの光。

誰にも負けない、私だけの”魔砲”!!

それを場外にぶっ飛ばす? いい根性してるじゃん!!

「私の”魔砲”、打てるもんなら、打ってみな!」

第二章 マーゴット・アディ
――最後にフランシスカの球を受けたのは、いつだったっけ。
そんなことを考えながら、私はマウンドに立つ青い魔砲少女を見つめていた。

この世界では、ヒーローになる条件が2つある。
認めたくはないけれど、私はどうやってもヒーローにはなれなかった。

フランシスカの球を受けられなくなった時のことを、私は今でもはっきり覚えている。
あの馬鹿みたいな速球が空気を切り裂く音も、じんじんと痛む左手の感触も。
それに……フランシスカの球をもう受けられないと言った時、

――そうだよね、ごめんねマーゴット……。

そう言いながら悲しそうに笑う顔も、はっきりと。

……私はその日から、キャッチャーを――フランシスカの女房役を降りたんだ。
ヒーローにはいつも相応しい相棒がいる。
その役は、きっと私じゃなかったんだってわかった時、目の前が真っ暗になった。

……私はね、フランシスカ。アンタが本当に羨ましかったし、大好きだった。
ぶっ飛んだ強い力を持ってるアンタは、私のあこがれで、私のヒーローだったんだよ。

――リリアも、マーゴットちゃんみたいに野球ができたらなぁ。

練習から帰ると、いつもリリアはそう言って私を羨ましがった。
リリアから見れば、私とフランシスカの才能の差はそう大きくないんだろう。

……でもね、リリア。
遠くから見れば小さな山でも、近くに行けば見上げるほどに大きいんだ。

……フランシスカはね、見上げちゃうくらい、大きくて、遠いんだよ。

「ねえ、マーゴットちゃん。フランシスカ、勝てるかなぁ……?」

マウンドに立ったフランシスカを心配そうに眺めながら、リリアは私に聞く。
今打席にいる敵のバッターは、重魔力打法を使うやり手の選手だ。
一度球を捉えられれば、カンタンに客席まで打球を運ばれるだろう。

……でも、私には確信があった。

「フランシスカは勝つし。あんなやつ、ひとひねりだし!」

フランシスカの女房役を降りてからこっち、ずっと監督指導を学んできた。
私は選手としてフランシスカと並ぶんじゃなく、監督として一緒にいることを選んだんだ。

誰だか知らないけど、女房役はくれてやるし。
……だけど、フランシスカのことを一番知っているのは、私だし!

「私の”魔砲”、打てるもんなら、打ってみな!」

大好きな私のヒーローは、そう言って青く光る魔砲をぶっ放す。

きれいな空色の光。
それを見て、私はもう一度強く思う。

私はいままでも、これからもずっと……

フランシスカのことが、大好きだ。

第三章 ウィルフレッド・バロー
そもそもの発端は、マルティナという女からの誘いだった。

「堕落した世界を、一度作りなおしてみない?」

「ブルー・エクレール」というチームを率いていた私は、試合の後にこんな言葉をかけられた。
男の戦場であるグラウンドに似つかわしくない、香水の匂いのする女。
……マルティナの第一印象は、それに尽きる。

私の周りにはチームの仲間が数名いた。
その仲間を差し置いて、マルティナはチームリーダーの私だけに声をかけたのだ。
それにルール上、主要なメンバーの引き抜きはご法度だ。
当然、仲間たちは不満と疑念を口にしたよ。

……だが、次の言葉で、彼らは口をつぐんでしまった。

「ストライクメイジャンには、あなたの力が必要なのよ」

最強の魔人球団、ストライクメイジャン。
そこから声がかかったとなれば、それは即ち「世界一の頂きに届く」ということ。

……我らがブルー・エクレールは、控えめに言っても強いチームではない。
……そのことを、仲間も私も、充分に承知していた。
仲間が強いチームに入り、活躍する。
それは、同じ仲間であれば喜ばしいことだ。

仲間たちは渋々ながらも、私を快く送り出してくれた。
だからこそ、私はマルティナの甘言に乗ったのである。

ストライクメイジャンに入れば、負けるはずがないと思っていた。
……そう、負けるはずがないと思っていた試合だったのだ。

ソルシエールマカロンズ。
彼女たちは、本当に強かった。
弱小チームだったというのが信じられないほど。
特にフランシスカ・イステルの投げる”魔砲”は、信じられない程に鋭く、強力だった。
あの砲弾のような球を受けていたキャッチャー……奴も只者ではあるまい。

だが――彼女たちとの試合は、本当に楽しかった!
こんなに清々しい負け試合は生まれて初めてだと言っても良いだろう。

「マーゴット監督ー! 私、初めて勝ちましたー!」

「ば、馬鹿くっつくな! 汗臭いのはいやだし!」

そう言って喜び合う彼女たちを見て、私は思い出した。

野球とは、楽しいものなのだ。
そして、願わくばもう一度彼女たちと戦いたいと思う。

私はフランシスカの球を思い出しながら、力を込めてバットを振る。

次こそ、奴の球を左中間に叩き込んでやるのだ。

第四章 イングウェイ・ベック
ウィルフレッドが負けた、という報せを受けた時、俺は耳を疑った。
先駆を任されているとはいえ、雷帝打者の異名を持つ奴が負けるなどと。

それに、我々魔人球団ストライクメイジャンが万が一にも負けるなど、思いもしなかった。

……ソルシエールマカロンズと、対戦するまでは。

奴らは投打ともに充実した恐るべきチームだった。
特に投手のフランシスカの放つ速球は脅威の一言。

ちなみに、我がチームは4本のバットを叩き折られた。

9回の裏、いつもの調子であれば俺が代走として出塁する予定だった。
――だがあの時、あの球を打てるのは俺しかいなかったのだ。

采配のミスか、それとも単純に実力が足りなかったのか……
再び我々は土を付けられた結果となった。

マルティナの調べによれば、つい先日までは弱小チームとして底辺を彷徨っていたと聞く。
何か秘密があると俺は踏み、敗北の雪辱を晴らすべく奴らの調査を開始した。

その中で、特に興味を惹いたのは――やはり、フランシスカ・イステルだった。
彼女は過去起きた魔力災害に巻き込まれた孤児らしく、その余波か魔力制御が極めて不安定。
強い力を内包してはいるものの、それを用いた投球は魔力以上の高い技術が必要とのこと。

そして何より驚いたのは、彼女は過去イカヅチに師事を受けていたということだ。

ストライクメイジャンの正規キャッチャーであるイカヅチには謎が多い。
練習などには顔を出さず、最近はそうそう試合にも出ない有り様だ。

突如として弱小チームから、我々魔人球団を下すほどに力をつけたソルシエールマカロンズ。
そのピッチャーが、過去我々のチームメンバーと関わりがあった。
……果たして、これは偶然なのか?

(……いや、何かあるはずだ)

俺のカンが何かを告げていた。
他に、何か関係があるはず。
……そして、ひとつの関係性を見つけることができた。
なんと、あのソルシエールマカロンズのオーナーは、あのヴァランタンだったのだ。

ヴァランタン・ピアスといえば、名鑑にも載るほどに有名な選手だ。
既に引退して久しいが、その実力は他の選手と一線を画すものだったと記録にある。

何らかの因縁が、あのダイヤモンドの中で巻き起ころうとしている。
……この戦いの行く末は、きっと面白いものになるだろう。

俺はそう思い、スタジアムへと足を向けた。

第五章 マルティナ・マガニャ
……あーもう、思い出すだけでも腹立ってきた。

「……どういうことか、聞かせてもらおうか?」

少し前、シラヌイはこわーい顔をして、アタシをジーっと見下ろした。
アタシの横には気を失ったリリアちゃんがいた。
もちろん、ヴァランタンのとこからユーカイしてきたんだけど。

「べっつにィ、勝つためにやったことですけど」
「こんな手を使って得た勝利に何の価値がある!」

アタシの言葉にキレたのか、シラヌイは失望した! とか言ってどっかに行った。
暑苦しいヤツだなー、と毎回思う。

……ていうか、あーゆーの、マジですっごくウザい。
アタシはただ、アタシのチームが負けるのが嫌なだけなのに。
いつもは勝つことにこだわってるクセに、こーゆーことになるとマジメなんだよなぁ……。

そもそも、野球で勝つ前にさっさと仕掛けちゃえばいいのに、ってアタシは思う。
どーせ世界を牛耳っちゃうつもりなら、もっとカンタンに、お手軽なほうがよくない?
――ってアタシは思うんだけどさ。

どうしても、シラヌイはマカロンズを正々堂々やっつけたいんだってさ。
なんでかはわかんないし、興味もない。
正直に言えば、野球にも興味なんてない。

アタシはただ、つまらないこの世界を壊してやりたかっただけ。
ストライクメイジャンがやろうとしてる、世界征服が面白そうだっただけ。
ただ、それだけ。

……だったはずなんだけどなぁ。

今、ソルシエールマカロンズはストライクメイジャンと戦ってる。
ストライクメイジャンはフルメンバー。最強の布陣。
ソルシエールマカロンズはいつもの。よくわかんない魔法使いと黒猫も一緒。

……でさ、マカロンズの子たち見てるとさ、面白そうかなーとか思っちゃうんだよね。

フランシスカちゃんは楽しそうにボールなんか投げちゃってさ。
マーゴットちゃんも必死になって指示出してるし。
必死に応援してるリリアちゃんもかわいいし。
ごめんねユーカイして。

あんなふうに楽しそうにプレイされちゃったらさ。
もしかして野球、面白いかも。なんて思っちゃうじゃん。

……あーあ!
負けちゃって、チームから逃げて来ちゃったけど……

もう一回野球、やってみよっかな。


――できれば、かわいいリリアちゃんといっしょに♪

第六章 リリア・ピアス
リリアは知ってるよ。
マーゴットちゃんが泣きそうな顔をするときは、いつだってフランシスカのことを考えてる時だって。

2年くらい前――だったかな。
フランシスカとマーゴットちゃんが、急にそれまで組んでたバッテリーを解消しちゃったのは。

――――アンタの球を受けられる奴は、このチームにはいないわ。

フランシスカにそう言ったマーゴットちゃんは、その後、一人で泣いてたっけ。
私に力が足りないから、フランシスカと一緒にいられない、って。

――――そうだよね、ごめんねマーゴットちゃん……。

マーゴットちゃんにそう言ったフランシスカも、その後一人で泣いてたっけ。
私がヘタクソなせいで、マーゴットちゃんに迷惑かけちゃった、って。

リリアは、そんな風にお互いを思い合える二人が、ずっと羨ましかったんだよ。
だからその時決めたんだ、ずっとずっと、二人を応援しようって。

グラウンドの中央で、ライトに照らされたフランシスカを見ながら、マーゴットちゃんは泣きそうな顔をしてる。
……きっと、昔のことを思い出して、またネガティブになっちゃってるんだろうな。

でも、リリアは知ってるよ。こんな時、どうすればいいか。
私はわざと不安そうな顔をして、マーゴットちゃんにすこし意地悪な質問をしてみる。

「ねえ、マーゴットちゃん。フランシスカ、勝てるかなぁ……?」

質問の答えなんて、本当はもうわかってる。
でも、こうやって聞いてあげると、いつだってマーゴットちゃんは笑顔で言うんだ。

「フランシスカは勝つし。あんなやつ、ひとひねりだし!」

……ほらね、リリアは知ってるよ!
マーゴットちゃんが嬉しそうな顔をするときは、フランシスカが楽しそうな時だって!

マウンドの周辺に、空色の魔力が渦を巻き始める。
その真ん中にいるフランシスカは、自信いっぱいの笑顔を浮かべていた。

高く高く左足を上げて、大きく腕を振りかぶる。

「私の”魔砲”、打てるもんなら、打ってみな!」

フランシスカがそう言ったのを合図にして、彼女の右手がひときわ大きく輝いた。
マウンドを照らす空色の光をを見ながら、私とマーゴットちゃんは叫ぶ。

「行けーっ! フランシスカーーッ!」

私は、二人についていくよ!
仲良く笑う二人を、ずっと見ていたいから!

第七章 豪・イカヅチ
随分昔の話だ。

廃スタジアムを根城としていたワシのところに、一人の孤児がやってきた。

かつて起きた魔力災害によって孤児となった少女。
名をフランシスカと言う。
彼女を引き取ったのは、何を隠そうワシなのである。

彼女は驚異的な魔力を持っていたが、誰よりも不器用だった。
災害の余波か、その制御が著しく不安定。
いずれにせよ、球威は桁違いだったが、それを捕球するのは生半可な魔力では無理だった。

そう、ワシがここまで強くなれたのは、フランシスカの球のおかげと言っても良い。
やがてワシの手から巣立ったお前は、良い友だちを見つけたようだ。

無敗と呼ばれていたストライクメイジャンを破るほどに、良い友だちを。
だが、それらがあのヴァランタンの差金であるならば、話は別だ。

「おもしろくないじゃないか」

あの時、そう言って奴は……。
奴が何を考えているのかはわからん。
フランシスカに友達のようなものを与えることで、贖罪をしているつもりなのか。
それとも或いは他の企みが……?

「む……?」

考えが淀んだ辺りで、背後に妙な気配を感じる。
人間ひとりと、猫が一匹。

(こやつが、フランシスカの球を受けた魔法使いか)

ワシは臨戦態勢を取る。
こやつとワシはそもそも敵。ヴァランタンの息がかかった者である可能性もある。

しかし、だ。
フランシスカの球を受けられるのは、チームの中で今この魔法使いしかおらん。

(巡りあわせというのは、面白いものだ)
ワシはふっと臨戦態勢を解き、背後の気配に集中した。

……フランシスカに恩を返すためにも、こやつをキッチリ仕上げてやらねばならんだろうな。
ワシはそう思い、掌に乗る硬球の縫い目を親指でなでた。
まずは一投、キッチリ入れていく。

第八章 烈・シラヌイ
もはや、この技術は他国に対する武力となる。
言われて久しいその話題に、本気で取り組んだ者がいただろうか。

いや、今まではいなかった。だから俺が、このシラヌイがやったのだ。
圧倒的な勝利を得て、あらゆる者共を屈服させるために。

……だが、その野望もあっけなく潰えてしまった。
青い魔砲少女と、どこから来たのかわからない、黒猫を連れた魔法使いによって。

俺は今でもあの時の試合を思い返す。
最強の打線は次々と青い魔砲に討ち取られ、
オレの渾身のストレートは、奴のデタラメな打法で場外までふっとばされた。
屈辱の圧倒的な敗北……!

こうして無敗の名は崩れ去り、ストライクメイジャンは解散となった。
あまりにあっけない、あっさりとした終わりが訪れた。

オレはあの時誓ったのだ。
ソルシエールマカロンズに勝利できるチームを作ると。

……ああ、白状する。
野望が潰えたことよりも、オレは野球で負けたことが悔しかったのだ。

そして、一ヶ月後。
オレはソルシエールマカロンズの拠点の前に立っていた。
背後には、対マカロンズ必勝チームのメンバーが控えている。

「フフフ……待っていろ小娘。次こそこのシラヌイが貴様を破ってくれる!」

万に一つも敗れる要因はない。
さあ、試合開始といこう!

第九章 ヴァランタン・ピアス
ストライクメイジャンというチームがある。
23年前の結成以来、他の強豪と言われるチームを次々と打ち負かし、
現在に至るまで一度の敗北もなく、最強の名を欲しいままにしてきたチームだ。

彼らには夢があった。
「頂点に立ちたい」
世界の誰よりも、何よりも強くなりたい。このチームを、世界一のチームにしたい。
……彼らも、最初はそんな青臭い夢を持っていたんだよ。

功名心や秘めた野望なんてものはなかった。
ただただあらゆる試合に勝利し、誰にも負けないチームを作りたいという一心だったのだよ。
――単純な思いは、それだけで強いものだ。
勝利のために全てを注いだストライクメイジャンは、他のチームと比べあまりにも強かった。
それこそ魔人球団と揶揄され、やがてそれを自称する程度にはね。

……勝利の美酒、という言葉を知っているかね?
飲めば飲むほど自分を見失う酒のように、勝利というものは溺れるほどに美味いものなのだ。
つまり、彼らは酔ったのだ。
尽きることのない勝利と、圧倒的な自らの強さに。

そして彼らはこう思ってしまった。
「もっともっと、自分たちの力を誇示する場所が欲しい」
「もっともっと、戦いを、争いを」
……とね。

……彼らには「強さ」しかなかったのだよ。
目指した最強は、あまりに虚しい物だった。
強さしか持たなかったが故に、他者を倒し、侵し、壊すことしかできなかったのだ。
強者が勝ち、弱者が負ける。
そんな当たり前でわかりやすい世の中の仕組みを、彼らは極端な形で示してきた。

私はふと、そんな世界がつまらないと思ったのだよ。
当たり前のことだけが起きる世界が、つまらないと思ったのだよ。

……私が、なぜこんな話をキミにするかだが。
白状すると、私はかつてその強者たちの頂にいたことがあってね。
シラヌイ、イカヅチ、そして私。
かつて、我々は同じ方向を見ていたはずなんだがな……。

ところで、キミはどう思う?
強ければ勝ち、弱ければ負ける――。
そんな自然科学のようにわかりきった結末など、つまらないと思わないかね?

私は思うのだよ。
我々は魔法を使うことができるのだし、途方もない夢を見るべきだ。
そして、その夢は悪夢であってはならないともね。
かつての我々が目指したような、美しい夢でなければ。

……少し喋りすぎてしまったようだ。
私はそろそろ、私のチームの試合を見に行こうと思う。

キミも来るかね?
今日は面白いものが見られる気がするんだ。

終章
ストライクメイジャンに勝って、私の周りではいろんなことが変わっていった。
弱小だったソルシエールマカロンズが有名になって、マーゴットもリリアもオーナーも、忙しく走り回っている。
マーゴットはマカロンズの監督を続けながら、今は少年野球の面倒も見ているらしい。
リリアはファンクラブが出来たそうで、様々なイベントへと引っ張りだこだ。
ヴァランタンオーナーは……正直、何をしてるか今でもよくわからない。
……きっと、また変なことを企んでるんだろうと思う。

ストライクメイジャンは解体されて、いくつかのチームへ分割編成された。
来年はそれらのチームでのリーグ戦が始まるらしく……
私、フランシスカはそれに向けて、相変わらずボールを投げる毎日だ。

……でも、もう岩を相手にボールを投げる必要は無い。
私は両手を振りかぶると、大きく前へと踏み込んでボールを投げた。
ズドン! と大きな音を立てて、私の魔砲はキャッチャーミットに突き刺さる。
「ウム、具合は良いと見える」
そう言うとイカヅチは私にボールを投げ返し、昔と同じように笑った。
「鈍ってはいないようだな」
「あったりまえでしょ、私だって頑張らなきゃ!」
私はイカヅチにぐっとガッツポーズを見せて、もう一度速球を投げた。

あの魔法使いがいなくなって、また私が全力で投げられなくなった時。
ちょうどストライクメイジャンが解体され、イカヅチは私の女房役としてチームに入ってくれた。
育ての親で、この前までは敵で、今は仲間。
そんな奴とバッテリーを組むっていうのも、まあ悪くはない気がしている。

……私は、時々あの日の試合のことを思い出す。
シラヌイの魔弾を、場外にまでかっ飛ばして勝利した、あの試合のことを。
そして願わくばもう一度、あの日みたいに魂を燃やして戦いたいと。

「……あの魔法使いさん、どうしてるのかなあ」
「さあな。相変わらず、厄介事に首を突っ込んでいるのだろう」

黒猫を連れた魔法使いの背中を思い出して、私はふと空を見上げた。
あの時空に消えた打球は、まだ見つかっていない。

「……いつかまた戻ってくるだろう。忘れた頃にな」

まるで私の心を読んだみたいに、イカヅチは低い声で言う。
ま、そうだよね、くよくよしたって始まらないし、私はただ、投げるだけ!

両手を大きく振りかぶって、リズムをつけて深呼吸。
左足を高く挙げて、握ったボールに魔力を込める。
——でも、いつもどおりの投球練習は、今日だけはいつもどおりでは終わらなかった。

「たのもう!」
大きな大きな声が、ソルシエールマカロンズの拠点に響く。

その方向には、かつて破ってきた選手たちの姿。
ウィルフレッド、イングウェイ、マルティナ、そして——シラヌイ。

「我ら新生ストライクメイジャン、ソルシエールマカロンズに練習試合を申し込む!」

彼は私を見据えると、纏った魔力を隠そうともせずにこう続けた。

「全力で来い、フランシスカ!!」

最後に全力で投げたのは、いつだったっけ。
そんなことを考えながら、私は握ったボールの縫い目を親指で撫でた。

「打てるもんなら、打ってみな!」